サツ人鬼と暗サツ者

第32話 千分の一

『助けてくださいっ、もういやなんだ……なんでもします……っ、

　先生たちの言うことを絶対にききます――だからもうっ……！　

　こんな苦しみから、逃げたいです……！』

『なら、誠也、君には首輪をつけさせてもらう。私たちに一瞬でも反抗したら、スイッチ一つで遠隔操作し、君に苦痛を与える。文句を言わない、詮索しない、私たちの言葉を疑わない……君の年齢も考慮しない。

　例外の一つも許さず、君には任務に全うしてもらう。もしも、辰馬が反逆した場合でも、君のわがままは聞き入れない。――私たちが殺せと言ったらたとえ辰馬でも殺せ』

『そ、そんな……いやだ、たつま、だけは――』

『戻りたいなら勝手にするんだな』

『ま、待って、待ってください……！　

　分かり、ました……命令をきいたら、たつまでも……殺し、ます……』

『良い子だ。君の訓練は免除しよう。

　ただし、君に苦痛を与えない代わりに、君には他人に苦痛を与える訓練を受けてもらうよ』

『…………え？』

『そう不安がることもない。やってもらうことは簡単だ。

　私たちが用意したサンプルを指定のタイミングで痛めつけ、殺してくれればいい――』

『――――』

『見てごらん、彼女たちが、サンプルだ』

「俺が音を上げることを組織は分かってたんだ、最初の段階でな。

　辰馬とは違うと、見抜かれてたんだぜ？　だから組織は用意してたんだ。

　俺が苦痛に耐えていればどうこうされることもなかった、同じ顔の少女たちが、ケースの中に集められていた」

　今でこそガスマスク隊と呼ばれ、利用されている少女たちが……、

「あいつらは、俺の殺人抵抗をなくすためだけに作られた――、

　一人の少女から生まれた複製人間――クローンだ」

「…………」

「俺はもう、人を殺すことに、慣れちまってる。あいつを幾度と非難したが、俺の方が殺人鬼に相応しいな。なんの罪もない人間を、殺していたんだからよ」

　かつての僕ならあんなのただの人形だろ、と言っていただろう。

　だが、今の僕にはもう言えなかった。

「これは見栄を張った言い方だが……俺は一緒にはいけねえよ。散々殺してきた俺が今更、組織から逃げて普通の生活を送っていいわけがねえ。

　何人殺したんだろうな、千か？　万か？　それさえも覚えてねえ最低な野郎だぜ？　

　まとな生活を送ってたら、あいつらにどうせ呪い殺されちまうよ」

　見栄を張らなければ、苦痛を理由に、誠也はいけないと言いたかったのだろう。

　僕の反発を知った組織は誠也に命令を出す。

　僕を殺せと。

　その命令を拒否できる誠也ではないのだ。

「そうか」

「そうだ」

　だったら尚更だな、誠也。

「一緒にいくぞ、誠也」

「……聞いてたか？　俺は、いけねえって――」

「散々殺しておいて、自分に降りかかる苦痛は嫌だ？　……いつまで逃げるつもりなんだ」

　男だろ。

　少しの痛みくらい、がまんしたらいいだろう。

「お前……、好き勝手言いやがって……ッ！」

「だってそうじゃないか。

　ガスマスク隊に罪悪感があるなら、自分を罰してほしいんだったら――手っ取り早いだろ。

　誠也が苦手とした痛みを、受け続ければいい。

　逃げ出した時から今までの蓄積分の痛みを取り返すくらい、がまんしてみせろよ」

「……本当にダメなんだよ。……もう、トラウマになっちまってる。

　想像するだけで体がこうして震えてんだ、情けねえだろ？」

　手を広げてみせる。

　確かに誠也の指先まで震えているのがよく分かる。

「それでもだ。だからこそだろ、誠也」

　そこまでの拒否反応を見せるからこそ、

「それを、罰って言うんじゃないのか」

「……お前は鬼かよ」

「そうかな」

「ああ。でも……ありがてえよ」

「……！　じゃあ、誠也も――」

　その時だった。

「俺も」

　と言いかけた誠也が目を血走らせ、悲鳴を上げる。

「あがァ、ああああああああああああああああああああああ！？！？」

　膝を落とし、心臓を手で押さえ、横に倒れて悶えている。

　なにが起こったのか分からなかったが、スイッチ一つで痛みを味わわせるなにかが誠也に仕込まれていなければ、組織は誠也を、本当に操ることはできない。

　この場を監視している目が、組織に密告し、スイッチが押されたとみるべきだ。

「誠也！」

「坂上くん、前、前！！」

　糸上が前方を指差す。

　……ガスマスク隊の少女の一人が、僕たちを見つめている。

　誠也を見下ろしながら、呟いた。

『無様だな。契約を破り、逃げようとするからだ。

　今更おまえが、安寧の地にいけると思うなよ』

　彼女の指が動き、誠也がさらに苦しみの声を上げる。

「……持ってる、のか……？」

　ガスマスクは答えない。

「誠也を苦しめる、遠隔操作のスイッチのことだ！」

『気になるなら、力尽くで奪い、確かめてみればいい』

　彼女が望む通りに、彼女の体を倒して、握られた手を開かせる。

　しかし、そこにはなにもなかった。

　タッチパネルのような感圧式が指に仕込まれている可能性も、ないこともない。

　取り出すには彼女の指の平を抉る必要があるが……、

　本当に彼女がスイッチを持っているのか？　

　もしも持っていたら、こんな堂々と表舞台に立つとは思えない。　

　糸上もいる。

　あまり手荒な真似はしたくないが、確認しないと取り出せない。

「そうだ……！　糸上の能力で切り取れば――」

『誠也を味方に引き込めたからと油断したか？　守るべき相手から距離を取り過ぎだ』

　一メートル以内で守り続けていた糸上から、さらにたった一メートル離れただけで、

　振り向けば、糸上の両手を拘束する、複数人のガスマスクの少女がいた。

　当然、ハサミも押収されている。

「坂上、くん……ごめん……っ」

　つまり、糸上の能力に頼れなくなった。

　しかも、ガスマスク隊がどんどんと、ここに集まってきている。

『誠也を苦しめるスイッチは、確かに我々ガスマスク隊が預かっている』

　我々、と言った。

　それは個人ではなく、集団だ。

　彼女は、自分を指して、わたしが、とは、決して言わなかった。

　千といるガスマスク隊の中から、スイッチを持つ少女を、探す……？

『当たり前だが、誰が、とは――言わないぞ』

　誠也の悲鳴が、

　連続で響き渡っていた。