第30話 能力者vs能力者&無能力者

(坂上辰馬)


「重ねた人体実験でお前は飛躍した身体能力と弾丸も貫通しない体を手に入れたが、代わりに能力がねえってのは俺たちにとっては救いだよな」


 弾丸は体を貫きはしないが、それでもタンスの角に小指をぶつけたくらいの痛みはあるのだ。

 鋼鉄かなにかと勘違いしないでほしい。

 平然としていても痛いんだよ、一応。


 能力がないと決めつける資料が気になったが、誠也の情報網だ、

 ガセネタを掴まされる誠也ではない。

 だからこそ、これは確かな情報だろう。


 誠也はああ言ったが、能力がない、とも、言えないラインだ。

 もはや僕のこの体こそが、能力とも言えるのではないか。


 能力とは似て非なるもの。

 超常的な力こそ扱えないが、それでもシンプルに強いと僕自身は気に入っているのだが。

 どうだろうか。


 能力者には分が悪いだろうか。

 少なくとも対能力者において無敵を誇る誠也の天敵は、僕だろう。


 能力者でない僕に、誠也の能力は通用しないはずだ。


「坂上、くん……だよ、ね……? やっぱり……! 坂上くんだぁ……っ」


 生きてる……っ、と頬を手の平でぺたぺたと触れてくる。


 危機感がないのか、僕の周囲をぐるぐる回り、僕の顔をまじまじと見てくる糸上に、僕も緊張感を唐突に切られる。

 しかし、彼女のおかげで肩の荷が下りた。

 心拍数も正常に近づく。

 戦い慣れしてるとは言っても、誠也と、それ以上に組織と敵対するのは初めてだ。


 全身が強張っていたが……、能天気とも取れる糸上の『らしさ』に、癒やされる。


「……糸上、ありがとう」


「え、なにが? あたし、なにもしてないよ。

 助けてくれたのは坂上くんじゃん! 

 だから、あたしの方がありがとうだよっ!」


 糸上は自覚がないみたいだ。

 彼女の言葉、行動、表情によって、僕がどれだけ助けられたか……。

 僕の人生観を変えてくれたのだ。

 なのに、糸上は自覚していない。


 勿体ない。

 感謝してもし尽くせない今の僕になら、なにを命令してもきっと叶えるために動く。

 その特権を、糸上は自覚がないため行使しようとは思わないのだ。


 組織の人間だったら、好き勝手に僕を使うのに。

 酷い無茶ぶりも平気で命令するのに。

 糸上は、なにも言わないのだ。


 ……だから、か。

 今まで接してきた人間と糸上は違うから、惹かれたのだと分析できる。


「……自覚がないのは坂上くんも同じじゃん。

 あたしがどれだけ、坂上くんに救われたのか……、

 坂上くんは全然分かってないんだよ」


 貰ったから返した、というわけではないにせよ、きっかけにはなったと糸上が話す。


 困っている人を見たら無償で助ける、というのは、

 咄嗟に動いてしまったわけでないのなら、難しいだろう。


 一旦考えてしまえばその先の利益を目的とする。


 助けるべき相手になにかを要求しなくとも、

 周囲から見える自分を良く見せようと思考が働くわけだ。


 僕だって、最初、糸上を助けた時は利益を目的としていた。

 救われた糸上は、僕の思惑を知らなかったけど、助けてくれたことに感謝していた。

 だから、以降、僕を気にかけてくれていたのだ。


 彼女の好意が、僕の価値観を揺さぶってくれた。

 変化を与えてくれた。


 生い立ちと組織によって作り上げられていた僕の根底が覆されたことに、感謝している。


 その流れがあったから、

 僕は糸上を失いたくないって思って、

 たとえ組織を敵に回してでも、彼女を助けたかった。


 ……そうか、僕たちは互いに、与え合っていたのだ。


 助け合い、そして、支え合っていた。


「……でも、五分五分だからって、ありがとうも言わない関係にはしたくないんだよ」


 貸し借りを明確にしてしまったら、借りた分を返す必要があると意識する。


 以前助けてもらったから、今度、助けなくちゃならない。

 そういうノルマになってしまったら、

 そこに純粋な友情は維持できなくなってしまうと思った。


 糸上とは、上下関係とか、取引関係とか、依頼主や雇用主じゃなくて。


 ……友達で、いたかったんだ。


「だから、ありがとう、糸上」

「あたしの方がもっとありがとうって思ってるもん。二回分のありがとうを言うね!」


「じゃあ僕は三回分だ。糸上が受け取っただろう数よりも一つ多く、僕の方が貰ってる」

「違うね、あたしの方が多く貰ってるもんね、四回分のありがとう!」


「五――」

「六!!」


 気付けば至近距離で睨み合っていた。

 ……くすっ、と糸上が声を漏らして、


 次に、盛大に声を出して笑っていた。


「あっはははははははっ!! おかしいねっ、子供みたいなやり取りだったよ!」

「うん、確かに」


 くだらないことにもムキになってしまうのは、相手が糸上だからだろうか。


「糸上」


 目尻に溜まった涙を指で拭う糸上が僕を見る。

 表情で察して、彼女も気を引き締めたようだ。


「……なにを言う気なの?」


「糸上を失いたくないんだ。だから、退いてほしい。僕のために組織に刃向かうなんて思わないでほしい。能力を過信して戦おうだなんて、無茶をしないでほしい。

 ……望んでばかりで悪いけど、ここからは僕がやる」


 さっきから僕たちのやり取りを観察しながら手を出してこない誠也が考えているのは、

 僕ではなく、糸上をどう利用するか、だろう。


 人質として機能するなら、糸上は、少なくとも命は奪われない。

 だが、最悪、糸上を殺す選択肢も誠也は捨てていないはずだ。


 それに、命さえ奪わなければ五体満足でなくともいいと判断するのが、僕らの組織だ。

 脳だけを保管し、生きているとラベルを貼る。


「…………っ!」


 怯える糸上を見るのは望んだわけじゃなかったけど、

 こうして脅せば糸上も踏み止まってくれると思った。


「……分かった、手を出したりしないよ……」


 僕が安堵するよりも早く、


「――でもね!」

 と糸上。


「怖くなったわけじゃないから! 坂上くんが困ってたらあたしも協力する。

 たとえ脳みそだけになったとしても、そんな脅しであたしは止まらない!」


 目を合わせる。

 彼女から怯えを感じ取れる……でも、強がりじゃない。


 怖くなって逃げ出した、と、僕に誤解されたくないから……か?


「うん、その時は、糸上にも助けを求めるよ」



 しかし、周囲にはガスマスク隊がいるため、ハサミを持たない糸上を逃がしても、一般人とそう変わらない今の糸上では、あっという間に捕まってしまうだろう。


 安全な場所なんてない。

 目と手が届く範囲でじっとしていて、と指示するしかない。


 理想は、父さんに任せることだが、今は危なかった。

 さっきの爆発の時に、範囲外へ投げ飛ばしたため、大きな傷はないだろうが、問題なのは父さん自身の傷、もしくは感情によって毒が漏れ出てしまうことだ。


 感染力、範囲も分からない、未知数だ。


 糸上を任せても、毒が糸上を苦しめては意味がない。

 彼女が犠牲になってしまえば……、母さんの件に加えて、父さんの罪悪感が心配になる。


 ……やはり、誠也の策が僕を苦しめている。

 糸上を殺さずこの場に残しておくことで僕の行動を制限させていた。

 目を離すわけにもいかず、結果、とても動きにくい。


 味方だとこれ以上に頼もしい相棒もいないのに。

 だが、それが敵に回った時、最も厄介な相手となるとは、よく言われていた。


 それはお互い様だろうが……、僕は僕自身を過信しない。

 僕と誠也の個人的な戦力差が今、ぐっと縮まっている。


「……待っててくれたんだな」

「どの口が言う。邪魔をすれば殺すと、お前の雰囲気から察したんだよ」


 誠也としても、今の時間は動かないことで盤面を見ていたはずだ。


 一体、いくつの策を巡らせているのか、想像もつかなかった。

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