MISSION4

第29話 最高傑作

 誠也の最後の警告と同時、伸ばされた手を振り払って扉を開ける。

 そこには、父さんを押し倒して馬乗りになっている糸上がいた。


「糸上っ、待――」

「坂上くんのためにも、上岡はあたしに救われるべきなんだ、絶対にっっ!!」


 彼女の手にはハサミが握られていた。

 まだ間に合う――と思ったのも束の間、

 刃の先に垂れ下がる、映画フィルムのようなものを見つける。


 糸上が他者から記憶を切り取った時と同じだ。

 フィルムに映っているのは、毒の能力とそれにまつわる父さんの記憶――、

 すなわち、使い方を含めて、切り取ったのだろう。


 振り上げたフィルムを持つ糸上の手を、咄嗟に掴んでいた。


「っ! あ、坂上くん……――ねえ見て、これっ! 作戦、成功したよ!!」

「離すんだ……!」


 それは既に武器に変わっている。


「痛っ――、さ、坂上、くん……? 手、痛いっ、痛いよ!?」

「いいからフィルムを離せ!! もういつ爆発してもおかしくないんだよッ!!」


 その時だ、

 がらら、と開いたリビングの窓からガスマスクの少女が入ってくる。


 両の瞳が――ガスマスクのレンズが、僕たちを見つめていた。


 そして、ぽつり、呟いた。それは合図だった。


『今だ』



(幕間)


 激しい爆発音が鼓膜に衝撃を与え、視界を明滅させる。

 ガラスの破片を下敷きにし、糸上春眞が目を覚ました。


 黒焦げの部屋が見える。

 上岡は? 坂上くんは? しかし彼女は声が出なかった。


 喉が焼かれたのかもしれない。

 何度が咳き込み、きゅぽんっ、という栓が抜けたような幻聴をきっかけに、やっと思い通りに声を出せるようになった。


 手の平を地面につけて立ち上がる。

 ガラスの破片が突き刺さるが、構わない。


「坂上くん……?」


 真っ黒になった人影が庭先に見え、近づいて気付いた。

 誰か分からないが、少なくとも彼ではない。


 女の子だ。

 まだ幼く、中学生か……、

 もしかしたら小学生かもしれない少女が今の爆発によって死亡していた。


 見知らぬ少女がどうしてこんな場所で……、という疑問もあれど、爆発の衝撃によって少女がこうなったのなら、間近にいた二人は……と最悪の想像が頭をよぎる。


「でも、あたしは助かってる……っ」


 節々が痛むので無傷ではないが、被害は最小限に思えた。


 すると、



「よりによって、お前が生き残るのかよ」



 爆心地ではなく、安全地帯である外側から現れたのは、糸上もよく知る人物だ。


「……坂上、誠也」

「気安く呼び捨てにしてんじゃねえよ」


 銃口が向けられた。

 あまりにも自然な動きだったので向けられたことに気付くまでに数秒を必要とした。

 彼がすぐに撃っていたら、糸上は撃たれた後でやっと気付いただろう。


「――っ!」


 その事実に、遅れて体の芯から悪寒が走る。


「鬱陶しい目だ。戦意がある。

 はっ、たとえ身構えても、恐ろしくはねえってか。

 そうだよな、能力者ならたかが拳銃一つ、どうとでもできるよなあ?」


 糸上が指の調子を確かめる。

 そこで、一瞬にして血の気が引いた。


 身につけていると思い込んでいた、能力の要であるハサミが、手元になかったのだ。


 咄嗟に悟られてはならないと平静を装うが、意味がなかった。

 なぜなら、糸上のハサミを、坂上誠也が持っていたのだから。


「探し物か?」


 ハサミの持ち手を指に下げて、くるくると回す。

 ぱしっ、と音を立てて、彼がハサミを握り締めた。


「能力を使えば簡単に避けられると思ってたか? だったら、ほら、やってみろよ」

「…………っ」


 糸上の能力はその多様性ゆえに、発動のキーとなるハサミは世界に一つしか存在できない。

 奪われてしまえば当然その間は能力が使えないし、

 もしもこの世から完全に消滅してしまえば、これから糸上は能力を一生使うことができない。


 能力には、相応のリスクがある。

 それは例外なく、全員に与えられている天秤だ。

 決して片方に偏ることはない。


「……この爆発は、あなたがやったの……?」


「今更だな。教えると思うか? と、言いたいが、ここで誤魔化す意味もねえ。

 ――だったらなんだ? 怒るか? 能力も使えない今のお前になにができる?」


「違う。怒ってはいるけど、違うよ、あたしを狙ったのだとしたら、今はどうでもいい。

 でも、さ。なんでよ――なんでっ、坂上くんまで巻き込んだのッ!?」


 大股で一歩、糸上が足を地面に叩きつけながら前進した。

 動作に合わせて拳銃が音を吐き出す。


 弾丸は彼女が踏みしめた地面の僅か数センチ横に突き刺さる。


「兄弟じゃんっ、家族じゃん! なのに、なんで……っ!!」


 糸上は尚も前へ進む。

 銃口に頭突きするように、

 自分に向けられた悪意は置いておいて、感じていた不満に対して怒りをぶつける。


「坂上くんを、どうして殺したんだッッ!?!?」

「おいおい、あいつをバカにすんじゃねえぞ」


 思わず引き金を引きそうになった誠也が、咄嗟に指をはずした。


「おっと、危ねえ。今ここでお前を殺したら、本当にあいつは戻ってこなくなる」


 戻って……?

 その言い方はまるで、坂上辰馬がまだ生きている、と言っているようだ。


「……ねえ、坂上くんは…………?」


「生きてるぜ。顔を出してねえだけだ。

 にしても、あいつの心変わりに振り回されてばかりだ。だが、お前を一番大事にしてるってのは充分理解した。だったら利用させてもらうだけだ。

 お前を殺したいほど憎んでるし、殺してしまうのは簡単だ。

 だが、お前をこっち側で確保しちまえば、あいつを思うままに操るのはそう難しくねえ」


 坂上くんが生きている……? 

 と急いた気持ちで糸上が家の中を目視しようとするが、

 部屋の中は黒煙で染まっており、なにも見えなかった。


「お前にこうして接近していれば、あいつも大胆な襲撃はできねえだろ」

「あたしが、いるから……?」


「お前を巻き込めないあいつの弱さを利用させてもらったんだ」


 誠也の一言にカッとなる。


「他人を巻き込まないことのどこが、弱さなんだっっ!!」


「それでだ――」

 どんっ、と誠也が、吠える糸上の肩を強く押した。


 糸上は能力者である以前に女の子だ、まともに男子の力で押されれば踏ん張れない。

 尻餅をついた後、一メートルほど離れた位置から向けられた銃口が見えた。


 さっきと状況は変わらないのに、今度は確実に、撃たれる――その感覚があった。


「面倒なかくれんぼは終わりだ。手っ取り早く引きずり出してやる」


 引き金が引かれた瞬間にぎゅむっと目を瞑った糸上は銃声を聞いた――そして。



「相変わらず頑丈な体だな、辰馬」


 糸上が目を開けた時。

 からんからん、と、音を立てて落下する数発の弾丸。


 それを体に受けながら、傷一つない、坂上辰馬の背中を見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る