第27話 再確認
あらゆる可能性に思考を伸ばしてみろと言われ続けて育てられた。
……鍛えられた、か。
視界を狭めてしまうことを嫌う組織の訓練は、まずそこから叩き込まれる。
体力、筋力作りは始めるのが遅くても効果が出やすい。
しかし、人間の思考方法や体の癖というのは中々直らず、植え付けるにも時間が必要になる。
だから、
かつての僕たちのようなエージェント研修生を預かって、まず、そこを矯正させるのだ。
ただ、
組織の理想に近づくエージェントが生まれても、そこに人間らしさは少ししか残らない。
少し考えれば思い当たるだろう、
効率的な考え方を教え込んでいるのだから、始点と終点の間に余計な些事は挟まない。
必要なことだけを行動に起こす。
中でも最も邪魔なのが、人の感情だ。
これほど目的達成の障害になるものもないだろう。
任務においてなにが一番厄介かと言えば、邪魔をしてくる敵ではない……自分だ。
自分の、感情なのだ。
そう――自覚している。
していても尚、僕は今、典型的な沼にはまっているのだ。
「能力者……? 誠也が……?」
「そうだ。気付くまでに長い時間がかかっちまったが、どうやらそうらしい」
今、この場で誠也がこんな嘘を言うとは思えない。
だから本当なのだろう……。
毒を持つ父さん、切り取り、貼り付ける糸上に続いて、誠也までが――。
これで三人目だ。
「いいや? 三人目じゃねえよ。
少し調べてみるとごろごろいやがる。
能力者ってのは、どうも珍しいものでもないらしいな」
「…………そうなのか?」
言われて、そういうものかと納得しそうになったが、おかしいだろう。
能力者がごろごろと近所にいたら、もっと話題になっているはずだ。
「だから、全員が隠してんだろ。能力者が最も嫌うのはなんだ? 他人に正体がばれることだ。なんでか分かるか? 殺人鬼、坂上臣の末路が、十一年前に報道されて大きなニュースになったからだ。今でこそ人の関心は当時に比べて薄いが……何度もバラエティ番組で取り上げられるほど、大きな過去の事件として語られる。
そんな犯罪者と同じように自分にも得体の知れない能力が宿っていたとしたら? わざわざ人に話すわけがない。あいつより扱いは丁寧になるかもしれないが、能力者という物珍しい実験動物を確保しようと政府は動くだろうぜ。今の生活を捨てて監禁されたいマゾはそうそういねえ」
それによ、と誠也が続ける。
「剛胆な奴はその能力を利用して人生を有利に進めようとするだろ。人にばれないように小さな規模で、自己の利益のためだけに、な。糸上春眞がそうだった。あいつの敗因はお前に手を出したがゆえに、こうして俺たちにばれちまったが……」
僕が関わらなければ、当たり前だけど僕は当然、能力を感知できない。
隣に能力者がいたとしても、実際に目の前で能力が使われなければ分からない。
家族であり、同室である誠也がそうであるように。
「…………分かった。それで、誠也はどういう能力を持ってるんだ?」
見せてくれることを期待したが、誠也は首を左右に振った。
「悪いが無理だ。今は見せられない。
……勘違いすんな?
見せたくないわけじゃなくて見せられないんだ、そういう能力なんだよ」
誠也の人間関係は薄く広い。
見た目と得意の話術で、相手を取り入るのが凄く上手いためだ。
一人ずつの対面だったら、口説けない女(男)はいないと言うくらいだ。
誠也の能力は他者がいなければ発動しない。
それなら、気付くのが遅れたのも分かる。
能力者だけを集めたグループがあるらしく、そこで自分の能力を確かめたらしい。
「鏡に映った反対側らしいんだ」
「……なぞなぞ、じゃないよな?」
「もったいぶるつもりはなかったんだ、悪い。ようは、相手の能力に対して、俺は対抗手段の能力を一時的に使えるようになる――そうだな……、能力者の能力を、破壊、もしくは相殺する能力って言えば分かりやすいか?」
その言い方だと、実際は違うみたいだ。
炎に対して水、みたいなことだろうか。
「まあ、そういう解釈でいい」
ようするに、相手の弱点を突く能力……。
「弱点とはまた違うな、あくまでも対抗手段だ。炎に対して水の例を出したが、水が絶対的に強いわけじゃないだろ。炎の温度が高ければ、逆にこっちが蒸発する。
偏ったシーソーのバランスを平行に戻す能力ってことだ」
フェアにする、ハンデを許さない。
たとえ能力者を相手にしても、能力による優劣が平等になれば、あとは一般人の喧嘩と変わらない。
そうなれば、エージェントの誠也が勝つに決まっている。
どうしてこんな能力が? と聞くまでもない。
把握してしまえば、彼らしい。
誠也だからこその能力だと言えた。
「……それ、組織には?」
「言ってない。後々言うつもりだが……、
もう少し把握してから報告する気でいる」
誠也の能力もそうだが、
能力者がごろごろと存在していることも、組織には言うべきだろうか。
政府と直で繋がっているわけではないため、組織に言ったからと言って分かっている能力者を捕まえて監禁したりはしないだろうが、できれば告げ口はしたくないな。
組織が調べ出したら簡単に見つけ出せてしまう。
そうなれば、糸上も……。
――って、そうだ、糸上だ!
長話をしている間に、父さんの元に辿り着いてしまう。
「心配ねえって、だから言っただろ、布石を打ってあるって」
「大丈夫なんだよな? これ以上、酷いことにはならないよな!?」
「ああ、これで全部終わる。俺たち、九年間の任務も、無事に達成だ」
「そっか……じゃあ切り取った毒の処理方法も、誠也は分かってるんだな?」
「辰馬、お前は勘違いしてるな? 誰があいつを救うと言った?」
誠也の両手が僕の両肩をがしっと掴む。
「――思い出せ、辰馬。人に流されるな。俺たちはエージェントだ、他人の犠牲を厭わず目的を優先させる、そう教わってきたはずだろ。
今まで耐えてきたんだ、脱落した俺とは違って、お前は今だって訓練に顔を出してる。組織はお前を、信用してんだぜ? お前はガスマスク隊とは違い、特別なんだよ!」
「僕が、特別……? 違う、所詮は使い捨ての駒だ。運良く生き残っているだけに過ぎないよ。
組織の犬で、誠也の道具だ。僕なんか、いなくなってもなんの影響もない」
「ふざけんなッ!!」
誠也の手が伸び、僕の胸倉を掴んで持ち上げた。
「今まで、お前のために何人が犠牲になったと思ってる。
あいつを殺すために、一体、何人が……ッ!
糸上春眞が、あいつの毒を切り取れたとしてだ、お前が危惧するように処理の仕方なんか俺にも分からねえよ。被害が広がる前になんとかしなくちゃならねえのは俺も同意だ。
だがな、毒を抜いてあいつに、じゃあ危険がないかと言えば違うだろ。
殺人鬼だ、犯罪者だ。野放しにしていいわけがねえだろッ!」
「……誠也は、父さんの事情を、知っているのか?」
「知らねえな。知る気もねえ。知ったところで、こっちの気持ちは変わらねえ」
誠也は僕と同じだ。
父さんは救うべきでない悪党だと、組織から刷り込まれている。
「違うぞ誠也、よく考えてみればいい。父さんが自分の意思で、大量殺人をしたって証拠はあるのか? 動機は? 父さんの利益は? 糸上が言っていたんだ。
父さんの話をちゃんと聞かない限りは、殺す判断はできないはずだと」
「なにを素人に説得されてんだバカ野郎」
「確かに糸上はプロじゃない。だけど、素人にしか見えない視点もある。
証拠に僕も誠也も、その観点には気づけなかっただろ」
「気にする必要がないからだ。俺たちは組織のエージェント、依頼されたらそれを機械的にこなす暗殺者だ。殺害対象の言い分を聞いてから殺すケースがあるのか? ねえよ。俺たちは細かいことを考えずに命令に従っていればいいんだ。どんな犠牲を出そうともだ。
そう教わってきた。
お前は、これまでその教えを守っていたはずだぞ」
そうだ、守っていた。
違和感を抱くことなく淡々と。
しかし、気付かされてしまえば無視ができなくなった。
上の命令で誰でも殺す。
昔ならいざ知らず、今の僕に、無邪気に笑う赤子の首をひねることはできない。
ちっ、という舌打ちを合図に、誠也から投げ渡されたものがあった。
拳銃だ。
「公園だ、ちょうど良い……あの鳩を撃ち殺せ」
「休日だぞ、しかも昼間だ。銃声も聞こえる。こんな場面を見られたら……」
「いいからやれよ。お前は俺の道具なんだろ? 自分でそう言ったはずだ。
組織の犬であり、俺の道具なら、命令には絶対だ。
……断るってんなら、お前は裏切り者だ。
俺がお前を殺してやる。俺から逃げても、組織がお前を一生追い続けるぞ。
今更……人間らしく振る舞えると思うなよ。
俺らは同士だ、同罪だ。
色んな重てぇもんを、一緒に背負ってきただろうがァ!!」
誠也の声に、鳩が飛び立った。
動くものを捉えると自然と手が動く。
そういう癖が染みついていた。
「――やれよ、辰馬ァ!!」
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