第26話 毒であるゆえに
その時は近いうちに遊びにでもくるのかと思った程度だったが、
大学に入学して二年が経った頃、あの時の言葉の意味が分かった。
興味があるという理由で考古学、海洋学のサークルに顔を出していたら、ある時、参加希望の新入生が現れた。
彼女は俺がメンバーの一人だと勘違いしていたらしく、違う、と答えると彼女も前言撤回し、サークルメンバーをがっかりさせていた。
確かに、考古学などに興味がありそうな見た目ではない。
失礼なことを言えば、アホっぽい。
男を引っかけるにしてもこんなオタクばかりのサークルよりも相応しい場があるはずだ。
彼女はファッション誌の表紙にいても、違和感なく手に取ってしまいそうな容姿をしていた。
「約束通り、大学まで追ってきちゃいました」
「…………?」
化粧のせいで分からない、と言い訳をしたいが、していなかろうが分からない。
人の顔を覚えるのがあまり得意ではないのだ。
しかし、皆葉と統を除けば、俺に印象を強く残したのは、あの子しかいない。
……思い出した。
名前を聞いていないから、呼ぶことはできないが、あの時の、彼女で間違いない。
化粧を落とせば、今よりは少し顔立ちが幼い、あの子が想像できる。
「……ボタンの子か?」
「はいっ、改めて。
鳴門雛緒と言います――また、一緒ですね、先輩っ」
そして矢継ぎ早に、彼女がこう続けた。
ぐいっと顔を近づけ、耳元で囁く。
「あ、それと先輩、実はですね――大大大っ、大好きですよ」
後にも先にも、こんな俺を気にかけてくれるのは三人だけだった。
だが、皆葉は死に、統は音信不通になり、雛緒もまた――、
俺の前から、姿を消した。
『大大大っ、大好きですよ』
彼女の好意はそれに始まり、何度も何度も、ことあるごとに好きと伝えてくれていた。
たった二歳だが、下の子のコミュニケーション方法はよく分からない。
そういう風に直接的に好意を言葉として伝えるのが流行っているのだろうと思っていた。
キモい、かわいい、ヤバい、などが本来の意味で使われていないように、
俺に向けられる『好き』も、
彼女の中で別の意味として使われているのだろう――と、決めつけていた。
……違うのか。
本当に、こんな俺を。
無愛想で自分勝手で、多くの人を殺した――犯罪者の俺を。
「好きで、いてくれたのか……」
だが、今更気付いても、もう遅い。
雛緒はもういない。
失ってから大切だったことに気付いたって、もう取り戻せない。
「……これ以上、俺からなにも奪わないでくれ……!」
残されたものを数え、指が折れる前に、チャイムが鳴り響いた。
(坂上辰馬)
糸上の能力で、父さんの能力を切り取る……、そんなことが本当にできるのか?
もしもできるなら、これ以上はないってくらいの方法だ。
父さんの能力を脅威と感じ、命令によって、僕たちが暗殺任務を請け負っている。
その根本的な要素である能力がなくなれば、父さんを殺す必要もなくなるだろう。
「でも……」
だが、糸上の能力を全て把握しているわけではないが、
切り取ったものは、別のなにかに貼り付けなければならない。
そうしなければ、切り取ったものは元の場所へ戻っていく。
クラスメイトの記憶を切り取った時、そのルールに多少は苦しめられたから分かる。
だから、仮に能力を切り取った場合、糸上は毒の能力を別のなにかに貼り付ける必要がある。
能力が毒であるだけに、迂闊に貼り付けてしまうと被害が拡大してしまう恐れがある。
父さんでさえ気を抜けば漏れてしまう毒が、別のものに備わった場合、垂れ流しになってしまうことも充分あり得るのだ。
……いや、そうなる可能性の方が高い。
じゃあ、どうする……?
糸上はきっと、悩んだらひとまず自分自身に貼り付けるはずだ。
簡単に切り取れるとは言え、根本的な解決にはなっていない。
僕も勘違いをしていた。
解決させるには能力自体を当人から奪うのではなく、
能力自体を無効化しなければ意味がない。
結局、父さんから糸上へ、能力が渡っただけになってしまう。
対象を変えても同じだ。
別の誰だろうが、動物だろうが、生命に貼り付けたらなにも変わらない。
交渉の余地がない動物の方が厄介だろう。
だからって物質に貼り付けたらこれもまた厄介だ。
呪われたものなど、曰く付きアイテムへと化けてしまう。
生物よりは処分しやすいかもしれないが、近寄れなかったり、粉々に砕いても能力自体は消えていなかった、という場合もある。
考え出したらきりがないが、心霊スポットのように能力が特定の場所に宿ってしまった場合は、手の打ちようがなくなってしまう。
一口に能力を切り取るとは言っても、その後の処理が難しい。
暗闇に光が差し込んだようなアイデアではあったが、安易に切り取るよりも、今はまだ父さんに預けておいた方が無難な気もする……。
少なくとも、このまま糸上の思いつきで実行していい策ではない。
「糸上……」
しかし、ついさっきまでそこにいたはずの糸上がいなかった。
「……、――糸上っ!?」
「もう先にいっちまったぞ」
急いで公園から出るも、糸上の背中はもう見えなかった。
「誠也! まずいぞっ、
父さんの能力がもし切り取れたとしても、それで解決にはなってくれないッ!!」
「知ってるさ。だから既に、解決への布石を打っておいた」
この一件について、誠也は解決への糸口を見つけていた……?
改めて、互いの情報を共有し、整理する。
だが、僕と誠也の間に交わされた情報に、そう違いはない。
同じ情報でありながら、僕に到達できなくて、誠也にできた理由がある……、
もちろん、地力の違いかもしれないが、
そうでなければ誠也はまだ、僕に隠していることがある。
それが、解決への糸口になっているのだとしたら、聞かないわけにはいかない。
思えば、監視されている僕は全てが筒抜けになっている状態だが、誠也は違う。
プライバシーをさすがに覗こうとは思わないが、
仕事に影響するなら、話しておくべきだろう。
兄弟としてなら隠してもいいが、仕事のパートナーとしてなら隠し事はなしだ。
「……隠してたわけじゃない。俺自身も確信がなかっただけだ。
だから決して、お前を裏切ったわけじゃない」
「分かってる。誠也はそんなやつじゃない。
今日まで一緒に過ごしてきたんだ、言わずとも、頭じゃなくて心で理解してる」
ふー、と一度、息を全て吐き出し、誠也が空を仰いだ。
数秒の沈黙の後、彼の口から語られたのは、
「実はな……俺も能力者なんだよ」
予想もしなかった答えだった。
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