第23話 斜め上のアプローチ
「よお、辰馬、朝からいないと思ったらこんな場所まで散歩かよ」
「あ、誠也。うん、まあ、気分転換にね」
誠也にしてはラフな格好だった。
彼女と会わないからか、気合いが入っていない。
足下も草履だ。
ジャージ姿で、近くのコンビニにいくような感じだが、
家からこの公園まではそれなりの距離があるはずだ。
わざわざ、僕を探しにきたのだとしても、まず電話をすればいいのに……、
誠也も同じく、散歩でもしている内にここまできてしまったのだろうか。
「あん?」
誠也の視線が隣の糸上に向いた。
「邪魔しちまったか?」
「そんなことない。くだらない雑談で気を紛らわせていただけだよ」
「そうか。気を紛らわせていた、か――時間潰しじゃあ、ないんだな」
誠也は引っかかりを覚えたらしいが、僕の言葉から引き出せるものはないだろう。
あと少し早く誠也が現れていたら、
僕が糸上に内情をばらしていた会話を聞かれてしまっていた……。
危なかった、絶妙で、ぎりぎりのタイミングだ。
「……糸上?」
すると、隣から聞こえてくる鼓動に変化があった。
さっきまで、僕といる時はなぜかバクバクと大きく鼓動し続けていた心音の質が、誠也が現れたことで変わったのだ。
背徳と危機感、緊張が、ない交ぜになった鼓動の仕方だ。
誠也を前にして緊張しているのかもしれない。
背徳と危機感は分からないけど、
僕のレーダーも正確無比ってわけじゃないのだ、誤差は当然ある。
「坂上、誠也……、学園の人気者……イケメンの……」
「俺もお前のことは知ってるぜ、糸上春眞。トラブルメーカー、無邪気の権化、マスコットキャラクター的な立ち位置を獲得してるってのはな。あとはそうだな――能力者か」
「!?」
糸上がワンピースの裾から手を入れて、
太ももに巻き付けていたホルダーからハサミを取り出した。
……僕ら以上に暗殺者らしい装備を身につけている。
少し嫉妬し、憧れる。
そういう装備があったらと想像するけど、
下手に武器を使うよりもこの身一つで充分凶器になる僕に、武器は支給されないだろう。
ハサミを誠也に向ける糸上は、空いた片手で僕の頬をつまんで、引っ張ってくる。
「あーたーしーの、秘密をー!! こいつに教えたのかーっ!?」
「だって、誠也も同じエージェントだし、報告義務が――あ」
しまった、糸上に内情をばらしていたことが、誠也にも伝わってしまった。
「……やっぱお前、こういう駆け引きには向いてねえよなあ。その分、戦闘能力に秀でてるなら納得はするがな……ったく知ってたっつの。お前の居場所も、どこでなにをして、誰になにを話しているのかも、俺には筒抜けなんだからな」
……ちょっと待て。
なんで僕が監視されてるんだ。
「監視は言い方が悪いな。保護と管理だ。
安心しろ、筒抜けになってるのは俺だけだ、組織の方にお前の個人情報は伝わってねえよ」
だから、誠也は、僕に連絡を取る前にこの場所に僕がいると分かったのか。
会話も全て聞き、ここぞというタイミングで割って入った。
なにが邪魔したか? だよ。
邪魔した自覚があったんじゃないか。
「そうすねるな。これは万が一お前が危険な目に遭った時に俺たちがすぐに助けに向かえるように仕掛けたもんだ。保険だよ。組織はお前だけはなんとしても守りたいらしいぜ」
「僕の代わりなんていくらでもいるだろうに……」
ガスマスク隊が、僕の下位互換なのだ。
少し劣るけど、数の違いは実力以上に大きいし、
このまま研究を続ければ僕と似たような個体を作ることだって可能だろう。
だから僕自身に、そんなに執着しなくてもいいと思うが……。
「全然違うんだよ、あいつらとお前じゃな……。
それとよお、いつまでも俺に切っ先を向けてんじゃねえぞ。能力者だからってつけ上がるなよ、俺たちはそういう奴をこれまで相手にしてきたんだぜ?」
糸上と誠也の間で、視線がぶつかり合う。
……二人って仲が悪かっただろうか。
クラスが別だと交友もなさそうだ。
しかし同じ学年だ、交友がなくとも合同授業などで、仕方なしの交流なら一度や二度くらいならありそうなものだ。
「知られたくなかったの? だからあのタイミングで割り込んだのかな?」
「深い意味はねえよ、話題の隙間を狙っただけだ」
「でもさっきから、あたしが喋ろうとしたらそれよりも早く割り込んできてたよ?」
「そうか? 自意識過剰だろ、誰もがお前のことを考えて会話なんかしねえよ」
僕の頬をつまむ糸上の指に、力が増した。
……なんだか、怒ってる?
「……ふーん。そうだ、昨日は坂上くんは関わっていなかったんだね――安心した」
「お前…………やっぱ、知り過ぎてるよな……っ」
それは、僕のせいだ。
僕がわがままで内情を話してしまったばっかりに、糸上が警戒されてしまった。
「うろちょろと鬱陶しい虫がよお。
能力者だってことをこっちは知ってるんだぜ?
そこを重く捉えるべきじゃねえのか?」
「あー、それは、もういいや。だいじょうぶだよ」
危機感のない糸上の答えに、誠也が珍しく表情をひん曲げた。
「だって、坂上くんがあたしの味方をしてくれるもん」
ねっ、と振り向く糸上。
僕の頬はつまんだままだった。
迂闊に断れば、この頬が強く引っ張られることを考えると、頷いておくしかない。
「……はっ」
僕は思わず噴き出した。
自分の言い訳が、おかしかった。
頷いておく?
そうじゃないだろ。
――頷きたいんだろう。
糸上を今更、手放したく、ないんだ。
返事がない僕に訝しんで、糸上がぎゅむっと頬を引っ張った。
催促されて、やっと、重い腰を上げて、僕は返答した。
母さんの代理が糸上だったら……と考えたら、嫌悪感がなかった。
母さんとは違って、能力者であり、内情を知っているなら……、
糸上を組織のために始末するのではなく、仲間にする道もあるはずなのだ。
それに、彼女の能力は、殺すしか能がなかった僕たちに、違う道を提示してくれた。
「あ」
唐突に、思いついたことを口に出してしまうのは、糸上の癖なのかもしれない。
だとしたら、僕と同じで交渉の類いには、やはり向いてなさそうだ。
「あたしの能力で上岡の毒を切り取っちゃえば――解決しない?」
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