第22話 削がれた真実

 僕の話を聞いている糸上は、二十にも及ぶ、表情の様相を変えていた。


 当然だろう、荒唐無稽に思える話だ。

 だけど能力者である自覚がある糸上なら、他の誰よりもまだ、受け入れやすい内容だろう。


 最終的に、糸上は不満そうな表情で話を聞き終えた。


 ……あれ? 思っていた反応と違うな。


 大きく肩を落としているのを見ると、糸上の期待に応えられなかったのかもしれない。


 ……ごめん、と思いかけたが、そんなの分かるもんか。

 糸上が僕に、どういう話をしてほしいかなんて、推察のしようがない。


 訳の分からないわがままでむくれられても困るぞ。


「なあ、本当に分かってるか? 嘘じゃないぞ? 

 いいか、僕は自分の父さんを殺すために、家族として潜入している、暗殺者なんだよ」


「ちゃんと聞いてたよ?」

「ちゃんと聞いてたやつの反応じゃないだろ……」


 他のことに興味が向いていたようにしか見えなかった。

 しかし、他に向いていた意識が僕の内容に向くと、糸上も理解が追いついたらしい。


「え……、っっ!?!? 

 か、上岡が、あの殺人鬼、って……ッ!!」


 今になって、糸上に衝撃が届いたらしい。


 長年一緒にいても気付かないのも無理はない。

 父さんは偽名を使っていたし、殺人鬼として事件を起こした当時から、顔を整形している。


 世間に周知されていながら、父さんが堂々と外を歩けるのは簡単な話、顔が違うからだ。


「……う、嘘だよっ! 上岡は、そんなことしない!!」


「そう思いたいのも分かるけど、事実だよ。あいつは能力者で、大量の人間を毒殺したんだ。

 だから僕らが送り込まれた……あいつの家族が欲しいっていう願いに便乗してね」


 交換条件のおかげで、父さんは今、おとなしくしている。


 だけど、あいつが気まぐれで能力を使えば、

 政府どころか、地球上にいる全ての生物が毒によって死亡することもあり得るのだ。


 家族として懐に入り、信頼されている僕たちがあいつを殺す――、

 そのためだけに、僕らは小さい頃から鍛えられた。


 作り変えられた、と言っていい。

 顕著なのが僕だ。


 こんな小さい体で、細い腕と足なのに、その力はボーリング玉だって握り潰せてしまう。

 軽く跳躍するだけで五階建てのビルなら屋上に着地できてしまう。

 力の加減に最初は戸惑ったが、今では思うままだ。


 そうでなかったら、糸上の手を砕いてしまっていた。


「…………それって……、

 重要な、秘密なんじゃないの? 

 どうして、あたしに教えてくれたの……?」


 言っちゃダメなんじゃ……、と糸上が言ってくれて、

 僕も改めて迂闊に口を滑らせてしまったと自覚する。


 滑った、と言うには、誰にもなにも誘導されてないけど……。


 そうだよ、僕はなんでこうもべらべらと……っ!


「いや……そっか、手伝ってほしかったみたいだよ、僕は」


「なんだか他人事みたいだよお……って、え!? 

 ちょっと待って……! あたしに、上岡を殺す手伝いをしろって言ってるの……?」


 端的に言えばそうなる。

 しかし、殺す、だなんて言い方は、僕らが悪者みたいだ。


 悪いのはあいつで、殺人鬼なんだから。

 僕たちは、命令通りに執行するだけだ。


「あたしはさ……坂上くんの事情を知らないよ。今、少し聞いただけじゃ分からないことが増えただけで、なんにも理解できない。

 ――坂上くんは、上岡を殺したい悪い大人たちに、利用されてるようにしか見えないよ!!」


「そりゃそうだ。人の事情なんて、ちゃんと聞いてみなくちゃ分からないし……」


「そうだよ!? 他人がどう思ってるか、どういう想いで行動したのか、

 だからあんなことになっちゃったんだとか、話してくれなくちゃ分からないんだよ!?」


 …………糸上は、僕になにを伝えようとしてるんだろう??


 全然、取っかかりさえ掴めない僕の様子に、糸上が業を煮やして立ち上がった。


「坂上くんは、上岡の事情を知ってるの!? ちゃんと話して、聞いたの!? 勝手に殺人鬼って決めつけて、大量殺人を犯したのも、能力を持った人間のエゴだったって! 快楽のためにやったって! ――そう思う根拠があるの!? どうしようもなかった事情があったのかもしれないのに……ッッ!! そうは、思わないんだっっ!?!!」


「人を殺してもいい事情なんて、仮にあっても、それで同情したらダメだろう」


「上岡が、上岡の意思で殺したんだってどうして言えるの。能力者なんていう前例がない中で、どうして上手く能力を扱えるだなんて言い切れたの!?」


 未知の力に振り回されて、上手く扱えず暴発する方が、自然……?


 改めて考えてしまえば、


「…………あれ? そうだよな……?」


 しかし、今の糸上のように、

 ある程度、能力を把握してしまえば能力を自由自在に使うことは可能なはずだ。


「能力者がいるって知ってたから。あたしのこの能力が、能力だって分かったんだよ? 上岡は、だって、誰一人能力者がいない中で、自分で発見して、使い方を理解して、それで大量殺人を犯したの? どうして? 動機は? そういうのを全部、上岡からちゃんと聞いたの?」


「……知らない。聴取は全部、政府が終えてたから……、

 僕らが選ばれる前のことは、知りようもないよ」


「だったら、坂上くんが騙されてるんだよ」


 騙されてる?


「うん。上岡が殺人鬼って、政府から言われたんじゃないの?」


 言われたというか、大量の死者が出た事件の犯人なのだ。


 殺人鬼、と呼ぶのが妥当だと思えた。


「ほら、やっぱり。殺人鬼って最初に思わされたから、ずっとそれが残ってるんだよ。殺人鬼に事情なんかなくて、ただの快楽で人を殺す危険人物だって、思い込んでる。

 坂上くんが決めつけちゃってるんだ。本当は、やむにやまれぬ事情があったのに、大事な部分を見ようとしないで、都合の良い命令に従う状況に誘い込まれてる。

 悪いのは上岡じゃなくて、坂上くんに命令を出してる、大人たちなんじゃないの……?」


 ……父さんは、悪くない?


 母さんを、毒で殺しておいて?


「…………違う、違うの……上岡じゃないの、雛緒ちゃんを、殺したのは――」


 ――あたしなの、と消え入りそうな声で、糸上が告白した。



 だが、そんなはずはない。


 母さんの遺体は見てられないほど変貌しており、

 父さんの毒であって、糸上の能力ではあんな芸当はできないはずだ。


「……あたしが、毒を振りまいてた上岡に近づいちゃって、

 それを助けようと、雛緒ちゃんが……あたしのことを……」


 糸上のことを助けることはできたものの、代わりに母さんが毒の範囲に入ってしまった――、

 それが、母さんが死んだ真実だと言う。


 ……食い違ってはいない。

 僕への説明は、ただ、細かい部分が削ぎ落とされていた。


 父さんが、己の毒で母さんを殺した、と言われれば、

 当然僕は、父さんが悪意を持って母さんを毒殺したとしか思えない。


 糸上を助けるために、母さんが犠牲になったなんて、想像もしなかった。


 僕に伝えた誠也も同じく、知らなかったのだろう。


「ごめんなさい……」

「いいよ、糸上。誰も責めたりしないよ」


 もしも、ここで糸上を責めたら……母さんが黙っていないだろう。


 糸上が悪いわけじゃないんだ。


 なら、母さんか? 父さんか? 

 ……毒を出した父さんだろうけど、じゃあ、どうして毒を出したんだ?


 毒を出さなければならない状況へ陥らせたのは、誰なんだ?

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