MISSION2
第12話 見て見ぬふり
糸上の正体に関する動画は僅か半日でサイト上から削除されていた。
デジタルタトゥーとも呼ばれ、
一度ネットに上げてしまうと完全に抹消することは難しいとされる情報だったけど、
誠也に言わせると、本当に、完全に抹消できたらしい。
表向き、新しい話題の動画をでっち上げて投稿し、
ネットを通じて大衆扇動、標的を上書きさせていた。
裏で政府がどういう圧力をかけたのかまでは、
組織の末端である僕には知る由もなかった。
クラスメイトの対処は糸上自身にさせたし、
あれから糸上を非難する声もない。
ひとまずは、一件落着と言ってもいいだろう。
「辰馬、そっちはどんな感じだった?」
「こっちも問題なかった。助かったよ」
放課後、誠也と合流すると、誠也の後ろに女子生徒がいた。
普段、遠目からしか見ないので思い出すのに時間がかかったけど……、
誠也の今のガールフレンドだ。
一つ年下の後輩。
彼女は、なぜか僕を訝しむような視線を向けてくる。
「……本当に、誠也先輩の弟なんですか……?」
そう言えば、ちゃんとした面識はなかったっけ……?
ようは、似てないと言いたいらしい。
「僕らは血が繋がってないんだよ。
だから似てないのも当たり前。元々他人なんだから。
だけどもちろん兄弟だし、家族だよ」
「あ……、……無神経でした……すみません」
「気にしてない。
誠也みたいな美形の弟って言われて僕を見たら、そりゃ怪しく思うのが普通だから」
別に、こういう絡まれ方は珍しくもない。
周囲の視線が気になっても、大概がこれだ。
勝手に期待して、勝手にがっかりして、
突っかかってきてもこうして説明すればみんな納得してくれる。
手間はあれど、一度でも会話が成立すれば理解を得るのは容易い。
だから、困っているのは、これに当てはまらない尾行だ。
「俺と比べんなよ。だから勘違いすんだぜ。
辰馬もそこそこ整った顔立ちしてんだろ?」
誠也が彼女の頭を撫でた。
瞬間、背後からの視線が、ほんの少し弛緩した気がした。
昼休みから……いやもっと前からか。
一時間目が始まる時には、微力だったけど、確かに、
僕をちらちらと窺うような視線があった。
気にならなかったので放っておいたが、
次第に視線が強く突き刺さってくるようになって、さすがに不快だった。
正体は分かっているけど、目的が読めない。
誠也のおかげもあって、もう解決したはずだろう?
「にしても、お前が一人に肩入れするとは思わなかったな。
俺の、女を知るべきだってアドバイスを真に受けたのか?」
「違うって。そういうんじゃない」
誠也から素早く視線をはずす。
「……? あ、の……」
後輩女子が首を傾げた。
僕が彼女を見つめたのは、誠也に知らせるためだ。
この子がいても暗喩で話すことは可能だが、別に今でなくともいいだろう、の意だ。
「分かってんよ。
――じゃあ俺らはもう行くけど、なにかあったらすぐに頼れ。
今回みたいにフォローは任せろ」
ありがたい言葉に、頷いて見せた。
二人は手を繋いで放課後デートにいくようだ。
背中を見送ってから、視線を回す。
視界の端で、素早く壁に隠れた人影が見えた。
「……なんであいつは話しかけてこないんだよ……」
煩わしいなあもう。
そして、あいつらしくなくて、調子が狂う。
僕はクラスでも同調と増長を担当していて、
間違っても発端ではないんだけどなあ。
そういうのは、あいつの役目のはずだぞ?
帰路につく。
やっぱり、後ろからこそこそとついてくる糸上がいた。
一応、話しかけやすいように速度は落としているつもりだし、ひとけのない道を選んでいる。にもかかわらず、糸上は一定の距離を保ったまま、話しかけてこなかった。
監視されているとしたら……嫌な気分だ。
そろそろ潮時かもしれない……家にまでついてこられたら迷惑だ。
曲がり角を曲がったところで、両足で真上に飛ぶ。
糸上の能力には相性もあって対抗できなかったけど、
能力が絡まなかったら優位に立てる自信がある。
「え、あれっ!?」
豆粒ほど小さくなった糸上を俯瞰する。
戸惑ってる様子もよく見えた。
数十秒の滞空時間も終わり、重力に従って体が落下し始める。
さすがに音もなく、着地するのは難しい。
たたっ、という音が糸上を振り向かせた。
「ひうっ!?」
と糸上が機敏に数歩下がって距離を取る。
獲物を狙う野生動物のようなとっつきにくさだ。
触られるのを嫌う猫が毛を立てて威嚇しているようにも見えた。
「今日一日、ずっとなにしてんだ? ……助けた方法に納得いかなかった、とか?
ちょっと乱暴かもしれなかったけど、手を貸しただけありがたいと思ってほしいよまったく」
睡眠弾を投げ入れてクラス全員を眠らせ、担当教師を近づけさせないように足止めするためにガスマスク少女を数人、誠也から借りて工作に手伝ってもらった。
組織のエージェントに手伝いを求めたらああいう乱暴なやり方になるとは予測できたけど、
じゃあ別のやり方で上手くいったとは、とても思えない。
「ち、ちがくて! それは感謝してる! ありがとうっ、大好き!」
……ん?
不満がないとしたら、なんで糸上は僕を尾行してるんだろう?
「ちゃんと、お礼、してなかったな……と思って」
「されたよ。さっきも言われた。今だって、感謝の言葉は充分に貰ってるよ」
「足りないもん!」
自分で取った距離を、たった一歩で潰し、近づいてくる糸上が反射的に仰け反った。
さっきからばたばたしてるけど……落ち着きがないのは今に始まったことじゃないか。
いつもの調子を取り戻し始めているようで、安心した。
「それで。糸上がお礼をしてくれるの?」
「そのつもり。今日はそれを言いたくて、ずっと……」
「尾行してたって? なんでだよ、すぐに話しかければいいじゃん」
糸上が首を左右に振った。
違う?
あ、言いたくてタイミングを計っていたのは合っているらしい。
じゃあなんで首を振った?
……今日の糸上は意図が見えにくい。
いつもは胸を張って堂々としてるのに、今日は丸まって縮こまってしまっている。
……でも、普段の糸上が分かりやすいだけで、
本来、信頼しない誰かに対して、人は本音を隠すものだ。
分かりにくいのが普通だと思い出した。
そうか、糸上は普通の人に戻っただけなのだ。
「じゃあ、なに。ジュースでも奢ってくれるの?」
その程度で充分だったけど、
「やだ」
と糸上がわがままを言った。
「うちに遊びにきて」
「糸上の家? ……いいけど」
友達の家に遊びにいく……、ないわけじゃない。
友達と、数人で遊びにいくことは多い方だ。
しかし、女子で、しかも僕一人でいくとなると、初めての経験だった。
表情が曇る僕とは反対に、糸上の表情は晴れ晴れとしていた。
久しぶりに見た、彼女の満面の笑みに、視線が引き寄せられる。
「明日、学校近くの公園ね! 絶対きてね、絶対だからねっ!」
念押し、されるがままに僕は頷いた。
頷かされた、のだろう。
断れる表情ではなかった。
……正直、お礼がしたいと言われたとは言え、
能力者と一つ屋根の下に一緒にいるのは避けたかったが、仕方ない。
糸上の能力に関して、対抗手段は確立している。
そうは言っても恐いけど……、
あの無邪気な笑みの裏に、人を陥れようと企んでいるとは、思えないし、思いたくなかった。
たぶん、糸上が黒い感情を持っていたら、すぐに分かると思う。
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