第11話 秘めたる矛盾

 ……!?


 本当って、言うべき……? 


 学生なんだからハサミを持ち歩いてるのは、ギリギリ誤魔化せる、かな……? 


 いやでも、スカートの中にホルスターを巻き付けてるのはまずい気がする……、

 でも、あたしのキャラがあれば中二病だからで逃げ切れたりも……。


「そんなの、持ってないよ!」


 あたしは答えてた。

 思っていたのとは違う言葉が出て一瞬だけ心臓が止まった。


 なんで勝手に……。

 しん、とする教室の中で、クラスの女子全員からの強い視線に、緊張していたんだと気付いたのは、佐藤ちゃんがあたしの体をまさぐり始めた時だった。


 胸の部分を探してるところで表情が険しくなったけど……そこにはなにもない、はず。


 問題はそこから下だ。

 スカートの中に手を入れた佐藤ちゃんが気付いて、

 周りに見せるようにスカートをたくし上げた。


 女の子しかいないけど、思わず声が出た。


「きゃあっ!?」

「――最低ね、あんた」


 太ももに巻き付けていたホルスターごと取られて、床に落とされる。


 ハサミが落下した金属音が、静寂に響いた。


「クラスのみんなを陥れただけじゃなく、

 嘘を吐いてしかも知らぬ振りをし、逃げようとしていた」


「ちがっ」

「なにが違うのか言える? 言ってみろ、嘘つきの言葉なんか誰が信じるか」


 ハサミが強く踏みつけられる。

 ……ダメだ、あたしの能力は、そのハサミでしか効果を発揮できない。

 それを奪われたら、あたしはなにもできないっ!


「なんなのよ、あんた……。こんなこと、どうやって……っ!」


 すると、ぽつりと誰かが呟いた。



「…………………………?」



 ――それだけは、思い至ってほしくなかったのに……っ!


 後ろの方で呟いた女の子が机を倒して尻餅をついた。

 みんなの視線が彼女に集まった。


「あ、ああ……み、みんな、みんな、みな殺しに……こ、殺される……ッ!?」

「!? ち、ちがうよ! あたしがそんなことするわけない!!」


「うるさい!! 能力者は、だって、あの事件を引き起こした!! 野放しにしていいはず、ないに決まってる――早く、はやくそいつを捕まえてぇッッ!!」


 一人の声にみんなが急き立てられて、あたしを押さえつけようと近づいてくる。


 抵抗したけど一人の力じゃなにもできない。

 ハサミもない。

 うつ伏せに倒されて、腕をひねられ、背中に押さえつけられる。


「痛っ、いたいよ、やめてっ!」


 頬を床につけ、思わず出たあたしの涙を見ても、手を止めてくれる人はいなかった。


「こんなの、ない……っ、あたしは、誰も殺してなんかいないのにッ!!」


 能力者がどういう末路を迎えるのか、分かっていた。

 ばれないように、ばれないように能力を使っていたつもりだったのに……。


 あたしは、失敗したんだ……負けちゃったんだ……。

 手に入れようとしたものに、手を伸ばし過ぎた。


 崖の先っぽにある一輪の花を摘もうとしたら、足場ごと崩れてしまったんだ。

 あたしはもう助からない。


 ……でも、でもだよ。


「政府の言いなりになんか、実験体になんか――なりたくないッ!!」


 だって! だって!!


「あたしには、あたしの人生があるんだから!!」



 ――…………。


 ……あれ? 

 あたしの腕を押さえつけていた力が緩んだ。


 気付けば、周りにいたみんなが、倒れていた。

 ……気絶、してる? 


 ううん、眠ってるみたい。

 ……あ。

 あたしも、なんだか眠く、ぅ……。


「それ以上は吸うなよ。

 こんな状況になって、さらに僕にお前を背負わせるとか、甘えるなって感じだ」


 マスク……ガスマスクをつけた制服姿の、誰だろう? 


 誰かがあたしの前に屈んだ。


 薄く見える白い煙に、嫌な知識が蘇るけど、まさか毒ってこともないと思う。

 毒はもう少し、色が濁っていたはず……、分かりやすく紫色ではないにしても。


「みんなの記憶だけ切り取って消去しておいて」


 ……この人は、あたしの能力に詳しいみたい。


「でも、動物はもう……」

「それ以外でだよ。ないのか、そういうの。たとえばスマホに貼り付けて操作で内容をデリートするとか、自由度が高いし、できそうなものだけどな」


「できるけど……切り取った記憶によってはスマホの容量が足りなくて……。

 たくさんのアドレスを消せばなんとかなるかもしれないけど……」


「じゃあ消せ」


 い、嫌! 

 せっかく集めたみんなのアドレスなのに!!


「記憶を持たれたまま、また今回みたいに取り押さえられてもいいなら、構わないぞ」


 それを言われたら……、

 政府に捕まる危険を回避するためなら、アドレスを消すくらい……、

 繋がりを断ち切ることくらい……できる。


 しなくちゃならない。


 震える指を無理やり動かして、アドレスを一つずつ消していく。


「うぅ……」

「早くしろ」


 彼が急かしてくる。

 あたしもガスマスクを借りているので、眠気はすっかり醒めている……。

 アドレス消せって言われて、マスクなしでも眠気は吹っ飛んだんだけど。


 ……記憶を消せば、また、みんなと前みたいに友達ができる。

 でも、アドレスを消してしまったら……、


 今、アドレスでしか繋がれない相手だっているから……。

 やっぱり、躊躇ってしまう。


 そういう人だけ残したいけど、

 スマホの中身をほぼ空にしなければ記憶を貼り付けられない。

 だから、苦肉の策だった。


「消せばいいだろ」

「あ――、ああああああああああああッ!?」


 彼が自分の指で消去ボタンを押した。

 え? 信じられないっ!?


 人のスマホの操作ボタンを、勝手に……ッ!


「う、うわああああああああああああっっ!!」

「や、やめッ――ぽかぽか殴るな、鬱陶しい」


 一気に全部のアドレスを消されて、あたしも訳が分からなくなって彼を殴ってた。

 なんかもう、腰を入れたパンチをする気もなくて、ひたすら彼の胸を叩く。


 何十回目かのパンチの手を、手首からがしっと掴まれた。

 両手ともだった。


 ぼやけるあたしの視界は、流れ落ちた涙によって、鮮明に見え始める。


「繋がりは一旦全部消えただろうさ。でも、少なくとも今は、僕がいる」


 彼があたしの手首を離して、自らのマスクに手をかけて、はずした。


「う、そ……」

「嘘ってなんだよ。僕がここにいるのはあり得ないか?」


「だって、昨日記憶を切り取ったばっかりだよ!? 記憶も動物から虫に変えて移したから、動物よりもばれにくいはずなのに……! 動画にだって、上がってないはずだよ!」


 マスクの正体は坂上くんだった。

 彼は動画を見たわけじゃなく、実際に喋る動物や虫と出会ったんじゃない、と言う。


 ……あたしの能力に関する記憶がないのに、あたしに辿り着いたって? 

 そんなのは、やっぱりあり得ないよ!


 昨日、あたしの正体に近づいた時は、

 彼がスマホと手帳にあたしのことをメモしていたからだ。


 でも、それごと切り取って、坂上くんの中になんの情報も残さなかったのに……、

 どうして。

 どうやって、あたしに辿り着いたって言うの……?


「たとえ端末が手元になくても、残しておいた情報を閲覧できる方法はあるよ」


 …………、分かりそう。

 喉元まで出かかっているけどなんでか出ない、気になる感じ。


「クラウド機能って分かる?」


 ……あ。

 と、あたしも気付いた。


「擬似的なものだけど。過去の僕は誠也にメールを送ってたみたいなんだ。それを誠也が僕に送り返した。『なんだこれ、お前の妄想か?』って感じで。でも安心していいよ、糸上についてのメモが誠也に渡ったけど、僕の妄想ってことになってると思うから」


 過去からのメールをきっかけにして、あたしを追ったの?

 昨日の夕方から、今に至るまでの短い期間で……?


 嘘みたいな事実なのに……まずそれを信じるなんて……。

 簡単に言うけど、ゼロから始めてすぐにあたしに辿り着いたのは、怖いよ。


 ――でも、それ以上に。


「……ふふっ」


 嬉しかったんだ。

 だから自然と、笑みがこぼれていた。


「糸上はさ、実は自分が能力者だって、ばれたかったんじゃないの?」


 あたしは全身を震わせた。

 だって、見事にそう言い当てられたのだから。


 クラスのみんなにばれるような事態になるのは嫌だったけど、

 たった一人、あたしの正体を知ってもなにも変わることなく接してくれるような、

 身近な人がいたらいいなって、思ってたんだ。


 もしもいるのなら、

 何度記憶を消しても、

 一からあたしの正体を突き止めて追ってきてくれるような、そんな人が……。


 いたらいいなって。

 あたしを見つけてくれる、ずっと見てくれる、そんな人。


 高望みだって自覚はあったよ? 

 その人が政府の関係者だったら告発されてしまうし、

 何度記憶を消しても突き止めてくるしつこさは、あたしの最大の敵になるってことだ。


 求めるものには相応以上のリスクがあった。

 手を伸ばすべきじゃないと理性では分かっていたけど、引っ込めたくもなかった。


 ……あたしは、間違ってなかったんだ。


「坂上くんは、あたしを政府に引き渡すの? 

 能力者だから。十一年前の大量殺人事件のようなことを起こすって、思うの?」


「そんなの能力によるだろ。少なくとも、糸上にそんな芸当ができるとは思えない。だからってわけじゃないけど、政府に突き出したりもしないよ。糸上は危険なのか? なにか大事件でも起こすのか? なにもしないのに悪人だって決めつけて、誰かに売ったりなんかしない。

 そんなの、友達のすることじゃないよ」


「友達……」

「僕と糸上は、友達だろ?」


 違うのか? って、坂上くんに首を傾げられて、慌てて首を縦に振る。


「友達っ!」



「――絶対に、友達で合ってる!」



「うん。だから、僕は糸上の味方だよ」


 ……心臓が、激しく鼓動する。


「たとえみんなが糸上は危険だ、って言っても、

 周りの評価よりも自分の目で見たものを信じる。普通はそうなんだから。

 僕が普通で、みんなが間違ってる。僕の考えはおかしくないよな?」


 頬に手を当ててみると、体が熱を持っていた。

 制服、乱れてないよね? 

 髪型、変かな……? そんなことばかり気になる。


「あ、あたし、ちょっとトイレいってくる!!」


 戸惑ってると思う坂上くんを置いて、振り返らずにトイレに駆け込んだ。


 鏡に映る自分を見る。

 小さな体と、アンバランスな大きな胸が見えた。


 いつもは気にしないのに、どうしてか今だけは、酷く不格好に見えた。

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