第10話 コピー&ペースト

「能力者、なのか……? 今も政府に捕まって監視されてる殺人鬼と同じなのか!?」


 山本は関係性を血統だと推測したみたいだけど、そんな事実はない。

 あいつに血を分けた子供はいない。

 糸上が親類縁者という可能性も、これまたない。


 糸上はごく普通の一般家庭に生まれており、あいつに至っては随分前から天涯孤独だ。


 ちゃんとした裏付けがあってこそ断定している。

 ……そうなると能力者というのは、血統ではなく生まれてくるとも言える。

 そのへんの解明は、政府が現在も情報を引き出してくれているはずだろう。


 あの殺人鬼との関係性はないとしても、糸上もれっきとした能力者だろう。

 技術どうこうで再現できるレベルを越えている。


「……この能力のことは、ばれたくないの……、誰にも!」


 いまの時代、小さな呟きでも目ざとく拾われてしまう。

 伝言ゲームのように印象が変わったり、曲解されてしまったり、

 事実と異なる噂一つで人から見られる目が変わってしまう。


 能力者というだけで、殺人鬼と同じ扱いを受ける可能性が充分にあるのだ。


 ……糸上が必死になっている理由が分かった。

 確かにここで僕らが誰にも言わないと断言しても、信用なんてできないだろう。

 糸上の人生がかかっている。


 ただ、それにしては能力を使い過ぎな気もする。

 話題になっている喋る動物は糸上がばれた回数を表しているはずだ。

 一回、二回じゃ済まない。

 その一回目で、懲りなかったのだから、糸上の脇も甘い。


 彼女の気が締まらないのは、ばれても対処できる方法があるからだ。


 もう分かる。

 切ることが能力の本質でないのなら、切った、その後が重要だ。


「僕の記憶を切り出して、別の動物にでも入れるつもり……だった?」


 それだ。


 だから糸上の正体を知らない山本(人間)がいて、

 切り取られた記憶のみを所持する山本(猫)がいた。


 ハサミの刃は物体だけに留まらず、切断できる。

 記憶を切り取り、別のものに貼り付けるまでが、糸上の能力だと断定してもいい。


 コピーとペースト。

 小学生の工作みたい、と表現しても合っているはずだ。


「どうして坂上くんは……っ。そっ、か……危険だったんだ。

 坂上くんだけは、もっと多くの記憶を切り取った方がいいのかもしれない」


「関係ないよ。いくら記憶を切り取ってもさ、未来の僕が糸上を探るように、今の僕が仕向けることはできるんだから、こんなのはいたちごっこで、終わりがないよ」


「そんなの、今度は徹底するよ。

 坂上くんが残してるかもしれないメモもきちんと調べて処分しないとね」


「……あ」


 僕の対処法が、ばれてる……。

 さすがに、メモもなく、ゼロから糸上へ意識が向くほど僕も鋭くはない。


 僕の表情を見て、糸上がいつもの調子を取り戻した。


「へへっ、記憶を失っても友達なのは変わりないでしょ? 今度こそ、一緒に面白動画を撮影するんだから。この約束はきちんと残しておくね、坂上くんっ!」


 猫の跳躍力で襲いかかった山本はハサミで切り刻まれ、

 僕を守ろうと二本足で立って庇ってくれた佐藤も同じように……。


 そして、糸上のハサミが、僕の額に入り込む。


 ……くそ。


 やっぱり能力者には、一人じゃ勝てないみたいだ。



「――ぉ、ぃ――おい!」


 強く肩を揺すられて意識を取り戻す。

 あれ? 僕は……眠ってた?


 夕暮れ過ぎの、公園のベンチで?


「こんなとこで無防備に寝るなんてお前らしくもねえぞ。

 それとも返り討ちに遭ったりでもしたか?」


 誠也が笑いながら冗談を言う。

 しかし、あながち間違いではないのかも……。


 どうしてこんな場所で眠っているのか、

 しかも今日一日、どこでなにをしていたのかまったく覚えていない。


 制服を着ているから学校にはいったらしいけど……、

 断言するのは早計か。


 制服を着ていても、学校にいかなかった場合も当然あり得るのだから。


「…………かもしれない」

「マジかよ。ならよ、お前を負かしたのは、こいつか?」


 誠也がスマホの画面を僕に見せてくる。


 送信者は僕だ。

 時間帯は放課後……、数時間前に誠也に送られていたらしい。


 もちろん、覚えはない。

 内容を読む。


 それがきっかけで、失った記憶を取り戻したわけではない。

 依然、今日一日の道程を把握などしていないけど、

 きっと過去の僕はこれを見たら事足りると判断したのだろう。


 さすが僕だ。

 よく分かってる。


 餌は撒かれていた。

 今の僕はそれにかかったわけだ。


『糸上春眞は能力者だ。

 物体に限らず、ハサミで切り取り、別のものに貼り付けることができる。

 小学生の工作みたいだ』


 と、まるで日記のような軽さで。

 だけど、警告だ。


 過去の僕の厚意を、無駄にはしない。



(糸上春眞)

 

 喋る動物の動画は、小さいけどマスメディアにも取り上げられていた。

 動画サイトを見ない一般層にまで、浸透し始めている。


 あたしが見つけた時には既に話題に上がっていたから、

 その段階でそこそこの知名度はあったんだろうけど……、


 さらに時間が経ったせいで、学校中の生徒が動画を見てしまっていた。

 中には実際に、町中で喋る動物と話したって人もいるくらいだ。


 なにを聞いたんだろうか。

 ……良くないことだよね。


 だって、朝、教室に入ったあたしを見るみんなの目は、

 疑惑の段階をとうに越えていて、他人を断罪する目だった。


「この動画、どういうこと?」


 喋る動物たちが、みんな、あたしを告発している。

 一つの動画じゃ真偽はまだ分からなかったけど、動画が多くあって、どれもがあたしのことを言っていれば、内容の信憑性はぐんと上がってしまう。


 喋る動物は真実だってあたしは知ってる。

 でも仮に、ウソで誰かが動物に声をあてていたにしても、

 動物に代弁させている誰かの告発になっていた。


 動画投稿者は一人じゃない。

 複数アカウントを持っていたにしても多過ぎる。


 だから結局、こうしてあたしに非難の目が向けられるのは避けられなかったと思う。


 情報が糸上ってだけじゃ特定はできないはず。

 でも、あたしを下の名前で呼ぶ相手もいる。


 正体がばれたから、

 たとえ誰だろうと記憶を切り取って動物に移していた、あたしのミスだった……。


 問題を対処していたつもりが、先送りにしていただけだった。

 それが一気に肥大化した結果が、これまで積み上げてきたものを崩す羽目になった。


 崩れていく様が目に浮かぶけど、まだ足掻きたい。


「ちがうよ? あたしは、なにも……」


 そこで、言葉が遮られた。


「男子はちょっと出てって」


 佐藤ちゃんが言った。


 男の子たちは抗議してたけど、

 彼女の一喝に渋々従って、教室を出ていく。



「動画の内容で言われてることはなに一つしてないのよね?」

「うん! あたしは、みんなを陥れるようなことはしてないよ!」


「なら、調べさせてもらっていい?」


 調べる? 

 ……動画の内容は数が多いし、

 あたしから調べて今すぐに出てくるものなんてなにもないと思う。


 過去のことだ、叩いたって、埃一つ出ないはず。


 だいじょうぶ……うん。


 だから頷いた。


「動画にあったんだけどさ、?」

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