第8話 SAVE THE CAT

 喋っていた。


 猫が? 猫だよな? 


 周りを見てみたけど、声をあてている人物はいなさそうだ。

 周囲に気配はなく、僕とこの猫しかこの場にはいない。


 仮に、声をあてていたとしても、猫の口まで自在に操れるとは思えなかった。


「糸上……あいつはヤバい! どうやったのか分からないけどヤバいんだ! 人の腕を平然と切断したんだ! 逃げろ坂上……っ、あいつはすぐ近くにいるぞ!」


「ちょっと待って。……なんで僕の名前……」

「なに言ってんだ、同じクラスメイトだろうが!」


 猫のクラスメイトなんていない。

 違う、訳が分からないからって現実から目を背けるのは間違ってる。


 もちろん、猫のクラスメイトなんかいないけど、

 猫になったクラスメイトならいるかもしれない……。


「おかしいと思ってたんだ……あいつはおれをはめやがったんだ……! 匿名グループチャットで、おれが特定の女子を名指しで非難したって、言いふらしたんだ……! 弁解しても誰も聞いてくれない……っ、どいつもこいつも、おれがやったって信じやがってよお……ッ。おれは無実なのにッ! これまでおれが積み上げてきたものが、台無しだ!!」


「あ。ってことは、山本なのか」


 分かれば虫食い問題のように答えが埋まっていく。

 姿は猫でも声は彼本人だ。


 先週だったか。

 彼が言ったように、クラスで騒ぎになった。


 被害者の女子も泣いてしまって、山本が悪者になっていた。

 確かにおかしなケンカだった。

 匿名なのだから、誰が書き込んだのか分からないようになっている。


 学年で作ったチャットなので、学外の他人が混ざることはないけど、犯人を一人まで絞り込むのは難しい。

 しかし、端末さえ同じなら、打つ手が他人であっても参加できてしまうため、特定はさらに難易度を増すだろう。


 なのに、山本が書き込んだ犯人だと言われ、他のみんながそれをあっさりと信じた。


 証拠の一つもないのに、だ。

 僕はチャットに参加していないので、山本を弁護しようにもなにも言えなかったから、完全に蚊帳の外だった。

 ……それで思い出したけど、遡ればそういうおかしな、小さな騒ぎは以前にもいくつかあった気もする。


 テストのカンニング疑惑が、テスト上位者に毎回いる生徒がかけられていたり(しかも持ち物の全てをきちんと確認した上でだ)。


 女子の下着が盗まれて、まず女子更衣室に、絶対に侵入不可能な男子が真っ先に疑われていたりと……、

 感情はともかくとして、どうしてそういう発想に至ったのか、過程が見えない事件があった。


 結局、どれも弁解が通ることはなく、泣き寝入りと共に収束していった……。

 だから時間が経ったことで、記憶からも消えかかっていた。


 それらを狙って誘導させたのが、糸上?

 でも、彼は、糸上が腕を切断したとも言っている。


 ……繋がらないな。


「糸上が怪しかったんだ……こういう波紋をあいつなら作りかねないだろ!?」


 目立ったことをする印象はあるけど、人を貶めるようには見えない。


「怪しいから、俺は独自に調べてたんだ……。するとどうだ、あいつはハサミで、別の誰かをバラバラにした! 細かく、切断されたパーツが積み上がるみたいにだ!」


 中々、猟奇的な絵をイメージした。

 その時、ゾクッと背筋が凍った……、なんだろう?


 想像だけで、臆したのか?


「おれが見ていたことを、あいつに気付かれたんだ。それから先、おれはあいつに追われることになった。そして今も逃げてる。だから早く逃げろ! それか早く警察に連絡するんだ! お前だけが頼りなんだよ、坂上ッッ!!」


「まあ待って。とりあえず僕の肩にでも乗ってさ、ほら」


 山本(猫)が、塀の上から僕の肩へ飛び乗った。


 今も追われている最中、と言っても、登校時間中にそんなことするか?


 追う方になってみればいい。

 人通りの多い中、ハサミを持って追いかけ回し、人体をバラバラにする? 


 人目を気にしたらとてもそんなことできない。

 やるなら放課後以降にするはずだ。

 彼が混乱し、滅茶苦茶なことを言っているのかもしれないし……、

 とりあえず、一旦は話を持っていくしかない。


 登校時間も限られている。


 それに、山本が猫になっているなら、学校にはもちろん本人は登校しないはずなので、騒ぎにはならないにしても、不審には思われるだろう。

 先生やみんなに、言い訳を考えておかなくちゃならない。


 だけど、そんな僕の気遣いは不要だったようだ。


 教室に入ると、


 …………あれ?


 山本(猫)は、目立つのでカバンの中にしまっている。

 チャックを開けると、ちょこんと顔だけを表に出す。


「おい、山本なんだよな?」

「そうだって言ってるだろ。友達の顔を忘れるなよ、薄情なヤツだな」


 だって顔違うし……今、お前は猫だよ。


「さて。読み間違えたか……。

 でも、情報は出揃った感じもする。あとはすり合わせか」


 一匹の山本と、一人の山本。

 確認を取るとしたら、まずはここだ。


「山本、後輩女子が呼んでるぞ」

「えっ、マジで!?」


 人目がつかない屋上に繋がる、階段の踊り場へ山本を連れていく。

 彼は勝手に女子からの告白だと思っているようだけど、あれは嘘だ。

 こうでもしないと山本はわざわざきてくれないと思った。


 彼とは友達をやらせてもらっているけど、特別親しい仲でもない。

 負い目はあるけど、状況が切迫しているので仕方ないと割り切るしかない。


「あれ……あ、まだきてないのか……?」

「ごめんごめん、山本を呼び出すためだけの嘘なんだよな」


「お、お前は……っ、えげつねえ嘘をつくなよ……」

「膝を落としてまでがっかりすることなのか? 山本なら、すぐに告白されそうなものなのに、意外だな。さて、告白じゃないけど面白いものがあるんだ。見てくれよ」


 肩にかけていたカバンのチャックを開ける。

 中から虎模様の猫が顔を出した。


「猫じゃん。坂上の飼い猫か?」


「そいつは偽物だ!」


 山本(猫)が叫んだ。

 カバンから飛び出し、山本(人間)の体をよじ登る。


「今! おい坂上っ、この猫、喋ったぞ!?」


 猫の方の山本が、爪を出して顔を引っ掻こうとしていたので、さすがに止める。

 猫の首根っこを掴んで、山本から引き剥がす。


「早いよ。僕からしたらどっちが本物か分からないんだから、話し合いがまず先だ。

 その後で、煮るなり焼くなり好きにすればいいからちょっと待って」


 どっちが本物か、なんて、人間の方が当たり前にそうなんだろうけど……、

 じゃあ猫の山本はなんなんだって話になる。


 猫が言う、糸上のことも無視できないし……。

 僕も、手帳に書いてあった覚えのない警告が関係しているんじゃないかと思っている。


 二人(?)に話を聞くと、齟齬があった。

 齟齬でもあるけど、ようは空白だ。


 知っている情報、知らない情報が、綺麗に二分されていた。


 山本(人間)は数日前の数十分間の記憶がなく、

 山本(猫)は人間の方に欠けている記憶しか持っておらず、


 現在までの記憶を持っていなかった。


 記憶がなくても、知識はあるので、僕のことも知っていたわけだ。


「糸上がバラバラ殺人の犯人……? そんなことしてるなら、とっくにばれてるだろ」


「それがばれてないから、あいつは危険なんだってずっと言ってるんだよおれは!!」


 山本が困った表情で僕を見た。


「坂上はどう思ってる?」


 必死さを考えると嘘ではないように思える。

 ……ただ現実味がないから全部を信じるのは難しい。


 見間違い、勘違い、誤解……、可能性は色々あるから否定はできないか。


「そもそもさ、糸上に聞いたら話は早いだろ」

「そんなことをしたら、バラバラにされるぞ!?」


「いや、もう正面から聞いた方が早いかもしれないな」


 僕が賛同すると、

「バカ野郎!」

 と猫が身震いした。


 毛を立てて僕たちを威嚇する。


「正面から聞くわけじゃないから安心してよ。じゃあ、山本。聞いてもらっていい?」


「おう、任せとけ。普通の雑談の感じでいいんだよな? あんまり改まって聞くともしも本当にあいつがそんなことをしてるなら、追い詰めちまうもんな」


 追い詰めていいんだけど、聞くのは山本だ、彼に任せよう。


「本当に、あいつは危険なんだよ……どうして、誰も信じないんだ……っ!」

「信じてるよ。だからこそ、山本に頼んだんだから」


 ここで言う山本は人間の方だ。

 彼の口から聞くことに、意味がある。


 チャイムが鳴る。

 カバンに猫を入れて、僕たちは急ぎ足で教室へ戻った。

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