第6話 殺害計画

 自室で勉強していると、目の前の窓がこんこんと叩かれ、カーテンをめくる。


 ガスマスクの少女が二階の窓の外にいた。

 窓を開けて、ひとまず聞く。


「なにしてんの」


『定期報告にきた』

「あ、もうそんな時間だっけ?」


 後ろにいた誠也も週刊誌から目を離してこっちに寄ってきた。


 ジャンケンの勝利者の、ページをめくる速度は遅く、

 読み始めてまだ三分の一にも満たしていなかった。


 今日中に僕に回ってきそうにはなさそうだ……。


 ガスマスク少女の方は、土足で僕の机の上を歩いてくる。


 勉強中だったので机の上には参考書やノートがあったのだけど、

 全てに少女の靴の跡がついてしまい、ペンも転がり床に落ちて、てんやわんやだった。


 ガスマスク少女は、視線を向けたが、悪びれもしない。

 ……ま、どうせ週刊誌が回ってくるまでの時間潰しだったし、いいけど。


「というか、お前はなんで勉強してんだよ。

 俺たちはもう合格が決まってんだぞ? 

 あくまでも受験はポーズだって言っただろ」


「知ってるって。でも、別にやっちゃいけないってわけでもないでしょ」


 別に、勉強が苦ってわけでもない。


「お、お前……まさか、勉強が好きなのかよ……!?」


 いかれてやがる……、

 とでも言いたげな信じられない表情を向けられた。


「やっておいて無駄にはならないってさ」

「そう言われたのか?」


 うんと頷くと、

「相変わらず真面目なやつ」と呆れられた。


「たまには背いてみるのはどうよ?」


「背いてなんになるのさ。向こうは間違ってないんだから、背けば僕は間違いを犯すことになる。というかさ、いいだろ別に……。

 人それぞれ人生があるんだから、好き勝手やってる誠也に言われたくないよ」


「それもそうか。お前に不満がないなら口を出しても仕方ねえわな」


 意外にもあっさりと引き下がり、誠也の視線が訪問者へ向く。

 ガスマスクの少女が、机の上に腰を下ろした。


 これで、見上げていた視線がやっと水平に戻ってくれた。


「用件はあれだろ、あいつの様子だろ? 変わりねえよ。

 いつも通り、俺たちに向けては隙だらけ。だからって簡単に殺せるだろとか言うなよ? 

 現場でしか感じられない空気感ってのがあるんだからな」


 僕たちが動かないからこそ、見えている隙なのだ。

 いざ、僕たちが敵意を見せて動けば当然、隙は消えてなくなる。

 これまで積み上げてきた信頼が、一気に崩れるだろう。


「あいつが能力を使えば、俺たちはひとたまりもねえ。

 正直、対処できる自信もないな。あっさりと、逆に殺される」


 僕たちの素性は隠しているため、ガスマスクをつけられない。

 その分、危険度も少ないが、万一にも能力に襲われた時、持っていた方が安心できる。


 そう思っていたけど、定期報告にきた少女が、数日前とは違う少女だったことに、嫌な予感がしたし、その予感は見事に当たっていた。


『こっちの報告は人員補充だ。仕事中のターゲットを狙ったが、返り討ちに遭った』


 死者数は三名だと言う。

 加わったのも、同じく三人。


『ターゲットの毒の成分が変わっていた』


 ガスマスクで本来なら防げるものが防げていなかった。

 犠牲の上に手に入れた情報を元に、新たなガスマスクを装着しているようだけど、見た目に変化は見られない。


 デザインに力を入れるくらいなら性能に投資した方がいいのだから、間違ってはいない。


「お前らがしつこく狙うからあいつも切れたんだろ。

 でもまあ、奥の手を引き出させてるなら前進はしてるようで、なによりだ」


「成分って、意図的に操れるものなの?」


 毒。


 その能力は強力ゆえに、

 作り出し、放出することに関しては操作がおぼつかないイメージがあった。


 成分を変える、と簡単に言うが、

 自分の意思で汗や血中の成分を変えるくらい滅茶苦茶なことなのではないか?


「意図的でなくとも、感情によって成分が変わるならあり得るだろ。ストレスを抱え疲弊したあいつの毒と、怒りを伴い敵意が備わった毒の成分が、同じとは思えないな」


 確かに……、

 気分で変わるとは思いにくいけど、体調で変わるなら、まだ……。


「お前らも、俺たちと関係ないところで襲撃すんのは勝手だが、

『政府は敵対しない』って、あいつと契約を結んでるんだろ? 

 あんまりしつこいと、政府の方が契約を反故にしてることがばれるぞ?」


『それは心配ない。

 政府が把握していないまったく別の組織が報道を聞き、襲撃していると言い張っている。

 能力者の争奪戦、という名目でだ。

 それはターゲットも想像していたようだ。ひとまず、敵対組織を特定できたら可能な限り守る……そう言ってある。

 だが、さすがに百を越えた数の組織が列を崩して独自に動き、タイミングや数が分からないとなると守りようがない。そう言い続けて、ターゲットは納得している』


 納得は、多分していないと思う。

 言っても無駄だ、とは思っていそうだけど。


 百どころか、自作自演なのだから、そもそも外敵はゼロである。


 大胆な嘘で、思い切り約束を反故にしている。

 政府は元より守る気などないのだ。


 使い捨てガスマスク少女を犠牲にし、襲撃を繰り返してデータ収集。

 それで今回は毒の成分が変わった、と導き出せた。


 同時に定期検診もおこない、内と外から分析し、能力者を丸裸にしようとしている。

 その二つのデータが、僕たちの元へ送られてくる仕組みだ。


 しかし、読んで対策を練ったところで、

 結局、僕たちはこうして隙までしか引き出すことができていない。


 どれだけ研いだ牙を持とうと、向けることさえ許されていなかった。


 分かりにくいと思うけど、状況は常に切迫していると言っていい。

 進学が確定しているのは、僕たちの事情を鑑みて、政府が取り計らってくれたのだ。


 今、ここで受験まで乗っかっていたら、どちらも大敗していそうだ。


 僕たちに言い渡された任務が始まって、もう九年、だったかな……。


 最初は進歩が感じられていたものの、

 ここ数年で、いき着くところまでいき着いてしまった感じがする。


 いき詰まっている。

 なにか大きな行動を起こさないと、これ以上の変化は望めない。


「……思い切って勝算ないまま突っ込んでみるとか」


「やめとけよ。上の連中もお前を失いたくないだろ。

 それに、家族ごっことして用意された俺たちが裏切ったとなれば、あいつは政府からの首輪をはずすだろうな。いつ千切ってもいい凶悪な能力が、あいつにはあるんだし。

 だってよ、やろうと思えば政府の人間を皆殺しにできるんだぜ。もっと言えば、全世界の人間を殺せる。俺たちはあいつの気まぐれで生き延びられてるんだ。

 あいつの願いと、俺たち家族が、虐殺を繋ぎ止めてるんだ、おいそれと俺たちの気まぐれで世界中の人間をベットしていいわけがねえよ」


「冗談、言ってみただけだって」


 しかしそうなると、今のところ打つ手がない。

 だけど、考え方は簡単なのだ。

 僕たちが隙を引き出せるなら、そこを狙う別の誰かがいればいい。


 ガスマスク少女を数人借りて……、

 いや、見習い研修生レベルでもプロだ、攻撃には必ず殺意が乗ってしまう。


 欲を言えば、一般人で素人、

 暗殺という名目を伏せた勘違いの上で、

 ターゲットにダメージを与えるような力を持つ者……。


 目には目を。

 能力者には、やっぱり能力者を。


「……机上の空論じゃんか」


 結局、能力者を殺せる能力者を探し出しても、

 じゃあ協力を取り付けた能力者が組織に身を捧げてくれるとは思えない。


 ターゲットが変わっただけで、繰り返しているだけだ。


「すぐに答えは出ないだろ。とりあえずこのまま家族ごっこを続けりゃいいよ。あいつの気まぐれがいつまで続くか分からないが、高校三年間くらいは、あいつも興味があるんだろうぜ」


 そうするしか、今はするべきことがなかった。

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