第4話 ブラックアウト

 まったく気づけなかった。

 糸上の行動にはらはらしていたせいもあるけど、

 だとしても怪しげな視線には気付いても良さそうなものなのに。


 プロではない、つまり僕たち側ではない監視者。

 実際に接触するかはともかく、監視者は糸上を見ていたのだ。


 僕も元々、微細に敏感なわけでもないから、思い返せば気付けなくても変ではないんだけどさ……相手が素人なら尚更、訓練では補えないパターンになる。


 自分以外の危機に関して、察知する力は鍛えられていなかった。


「やっぱり、昨日の配信で糸上を特定する人がいたみたいだ……」


 危惧していた、ストーカーだ。

 下校しても襲われなかったのは、僕がいて抑止力になっていたからだろう。


 しかし、別れた後なら関係ない。

 しかも薄暗くなり始めている。

 糸上のことだ、真っ直ぐ家に帰るとも思えないし、どこかで遊んでいるかもしれない。


『三十代の男、不健康な肥満体型』

 が、ガスマスク少女から教えてもらった容姿だ。


 ひとけのない場所で、大人の力に女子中学生が抗えるわけがない。

 せっかく、危ないかもしれない、と一緒に下校したのに、襲われたんじゃ意味がない。


 クラスメイトに、

「なにやってたんだ!」

 と責められても仕方ない……それくらい、僕の引率はお粗末だ。


『はっきり聞くが、助けるメリットはあるのか?』

 少女の言葉を思い出す。


 あるなしで言えば、ある。

 手間暇に釣り合っているかと言われたら、分からない。


 でも。

 僕にも一応、誰一人欠けることなく、何事もなく卒業したい気持ちがある。


 クラスで過ごした日々は、確かに楽しかったのだから。


 中でも糸上の功績はかなり大きいだろう。

 問題もイベントも、中心は彼女だったから。


 ストーカーに襲われてショックで不登校なんて、させたくなかった。


 ――猛スピードで道を駆け抜け、さっきの場所へ戻ってきたが、誰もいない。


 糸上が帰宅してしまったのなら、住所が分からない以上、方向が決められなかった。


 だが、二人ほどの気配を感じ取って辿っていくと、そこには糸上がいた。

 小さな公園の、トイレの裏。


 子供がかくれんぼでもしなければ、まずこないであろう狭いスペースに、彼女は連れていかれていた。


 目的は明白。

 ストーカーは、糸上のファンで近づき、握手やサインをねだる応援者ではなく、

 体目的の、欲情の塊。


 肉塊。

 そう、まさに肉塊だ。


 手、腕、足、腰、腹、胸、首――頭。


 糸上の足下に転がる、ストーカーだったものの、体のパーツ。


 糸上の手には、スーパーで買えるような一般的なハサミが握られていた。


 バラバラ死体の……殺人風景がそこにあった。



 ひとまず、糸上から距離を取った。


 見える範囲に逃げ、物陰から公園を観察する。


 すると、しばらくして姿を見せたのは糸上……、

 ではなく――さっきまでバラバラ死体になっていた、ストーカーの男だった。



「……は?」



 やばい、パニックだ。

 僕が見たのは、総じて幻覚だったのか?


 男は頭をかきながら首を傾げ、公園を後にした。


 バラバラになったことで咄嗟に死体と思ったけど、死体じゃなかった?


 ……生きていた?


 だから今、男は普通に歩けたのではないか?


 ……滅茶苦茶だ。


 接着剤でくっつくなら医者はいらない。

 いや、いくら医者でもバラバラになった体をくっつけることは不可能なはず。


 思えば、ハサミを凶器に使ったとして、糸上が実行犯なら、返り血があるはずだ。

 しかし、ハサミの刃には滴る液体がなく、溜まって広がっている血もなかった。


 バラバラだけど無傷だったと言うのか……? 


 トリックアート?


「――!」


 スマホが鳴り響き、着信相手を見てすぐに取る。


「はい」


 スポーツジムからだった。

 遅れているがどうかしたのか、と聞かれ、

 問題が発生し、少し遅れると返事をする。


 詳細を求められたが、僕もよく分かっていないため、

 把握したら伝えることを言い、電話を切った。


 これが、僕の失敗。


 公園に再び目を向けるが、彼女の気配が消えていた。

 電話のせいで見逃した……! 


 それから振り向いた時、

 ハサミの刃が、僕の額に入り込んでいた。



「ごめんね、坂上くん」



 彼女の手に、力が込められた。



「あたしのあれを見られちゃったからには、

 覚えたまま帰らせるわけにはいかないんだ」


 じゃきんっっ、


 という耳に残る音と共に、僕の意識がブラックアウトした。

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