第3話 ドキュメント・糸上ちゃん
放課後、首根っこを掴まれて引っ張り出された先は、校外だ。
彼女はビデオカメラを片手で持っている。
今の時代、スマホのカメラの方が性能が良さそうなのに、あえて古い型を使っている理由を聞いてみると、なんかかっこいいよね、という薄っぺらい理由だった。
でも、分かる。
僕も、撮影するならスマホだと味気ないと感じるタイプだ。
「……
なぜか僕にカメラを向けてくる。
カバンに入っていた映画で使われるカチンコを鳴らされても、台本がないので反応できない。
たとえ台本があってもやるとは限らないけど。
「僕を撮っても面白動画にはならないぞ」
「分かってないな、坂上くんは。これでいいのだよ。とりあえずカメラを回しておけば奇跡的な映像が撮れるかもしれないでしょ? ブレーンストーミング? みたいな?」
違うが、まあそういうことだろう。
つまりやることなすこと否定するな、そして流しておけってことらしい。
「猫がいる」
塀の上を歩いていた猫にカメラを向けて、
「どこからきましたか?」
と街頭インタビューをしている糸上を、後ろから見ること数十分。
長いよ、猫一匹にかける時間が。
「あ、カメラ持ってて」
言われて、カメラを受け取った。
もはや撮らなくなった。
こうなるとなんのために猫に意識のピントを合わせているのか分からなくなる。
気を許した猫が、糸上とじゃれ合っていた。
これを撮ってそのまま流すだけでも再生数が稼げるんじゃあ……。
カメラを向けて一部始終を撮り終える。
当たり前だが、奇跡も事件もなく、ただ女子中学生が猫と戯れていただけの映像が撮れた。
猫と別れた糸上がカメラに気付いて、
「あたし犬派なんだ」
「ナイス、編集点」
いいオチがついた。
結局、その後に遭遇したのは犬や猫、亀や蛙などの生物だった。
未確認動物を期待していたわけじゃないが、
ずっとカメラを回していたのだからなにかしらあると思っていた。
山に入れば熊と出会っていたのかもしれないけど、さすがにいくのが面倒くさい。
かける時間、移動距離が短ければ、出来事もそりゃあ小さく収まるか、と納得した。
すると、放課後ずっと稼働していたカメラの充電が切れかかっていた。
既に電池マークが赤くなり、斜線が引かれて点滅している。
このまま消えるのも時間の問題だ。
「糸上、カメラもそうだし、僕もそろそろ……」
「女の子を置いて帰っちゃうの?」
不満を隠そうともしない。
そう言われると、送らなければいけない、男の世間体が気になるけど、僕の用事もある。
世間体よりも、先に結んだ約束を破る方がダメだろう。
「なんの用事なのよう」
ようよう、と弱い力で、彼女が爪先で僕のすねを蹴ってくる。
「スポーツジムで、訓練があるんだ」
「えぇ……、それサボれるじゃん」
「ダメだよ、いけって言われてるんだから。いかなきゃダメなんだ」
「いけって言われたからって、いかなくちゃいけないわけじゃないよ?」
一瞬、はっとしたけど、いや、いかなくちゃダメだろう。
「あたし、塾とか日程に差し込まれたりするけど、普通にサボるもん。
ちなみに今日も習い事があったりするんだけど、いく気は毛頭ないね!」
「親は怒らないの?」
「うん、全然。あたしがなにしてても否定されないよ」
それはそれは、寛容な親だ。
開放的な生活をしているから、こんな自由な子が育ったのだと言われたら、頷ける。
奔放さは森に放たれた猿みたいだ。
「ねえねえ坂上くん、そんなのサボってあたしと楽しいことしようよ。
夜までオッケー、そのまま一夜明かしたって怒られることはないから安心していいよ」
「サボる……?」
訓練を?
おぉ……その発想はなかった。
「……あれ? 意外にも効いてる? 一夜明かすってのは確かに言ったけどあくまでも誘惑だから、実際に一夜明かすのはちょっと……」
もじもじし出した糸上には悪いが、やっぱり、僕にはできない行動だ。
「本当にそろそろ時間だから僕は帰るよ」
「ええ!? ちょっ、なんでよぉ! いま少し迷ってたじゃん!!」
迷ってない。
自分の中になかった選択肢を見つけ出されて、ちょっと嫉妬しただけだ。
「…………分かった。じゃあ今日はいいよ。明日はちゃんと付き合ってよね!」
「明日は予定がないからいいよ」
そうは言っても門限が十九時なので、それ以降は外出ができないけどね。
糸上と別れて数百メートル離れたところで、電柱の後ろに隠れていた人影を見つける。
糸上と一緒にいた間、やけに視線を感じると思ったら……見ていたらしい。
『少し遅い』
「約束はしてなかったはず……多分」
声がくぐもって聞こえるのは、彼女がガスマスクをはめているからだ。
ランドセルが似合いそうな、ツインテールの女の子。
詳細は分からないけど、きっと年齢も小学生くらいだろう。
四、五年生くらいの見た目だ。
雨は降っていないし、降る予定もないのにレインコートを着ている。
しかもガスマスクを被っているから、怪し過ぎる風貌だ。
こんなのと一緒にいる僕は、周りからどう思われているのだろうと気になった。
閑散とした住宅街だし、人通りが元々少ない。
気配を絶ち、人の気配に敏感な彼女が姿を見せているのは、
つまり人払いが済んでいることを意味する。
ご近所に変な噂を立てられる心配もなさそうだ。
『約束はしてない。遅いと言ったのは、この時間、これから徒歩で向かうとなるとぎりぎりになると分かったからだ。いつもなら正確な時間で動くのに、珍しい』
「厄介なババを引かされてさ。
切り抜けるにはある程度、時間を犠牲にしなくちゃいけなかったんだよ」
『そのカメラと関係あるのか?』
指を差されて気付いた。
……あ。
糸上に返すのを忘れていた。
暗転した画面のまま、手に縛り付けたまま持ってきてしまったようだ。
「……返した方が、いいよな……」
それは当たり前だけど、明日にするか、今すぐ戻るかの二択だ。
糸上のことだ、現在興味津々なカメラを一日待てるはずもなく、行動力があるため、僕の家を調べて訪ねてきてもおかしくない。
「……それは困るな」
というわけで、たった、とは言えない数百メートルを引き返すことに。
『間に合うのか、訓練』
「走れば、多分」
ビデオカメラをカバンに入れ、走る準備をしていると、
『危険がないから黙っていたし、対処もしなかったが、さっきのあの場でわたしと同じように監視していた者がいた。……狙われているのは、きっともう一人の方のようだ』
「え……、それって、プロ?」
『いいや、素人だ』
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