第2話 押しに弱い坂上くん

 翌日、クラスでは反響が多かった。


 高校受験を控え、勉強に熱を入れている僕たちにとって、一クラスメイトの突然のゆーちゅーばーデビューは良い息抜きになった。

 僅か一夜どころか数分の動画配信で、一躍人気者になった当人の席が、多くのクラスメイトに囲まれている。


 やっぱり、みんなも見てたんだ。

 いつ配信するかも分からないのに……、

 それはひとえに、彼女が宣言したことは必ずやる、という無茶苦茶にも思える人間性が認知されているおかげだ。


 集まった男女混ざったクラスメイトは、なんか凄かったよ、という感想が多い。


 やっていることは普通だけど、

 コメントのお祭り騒ぎに僕と同じことを思った人が多いみたいだ。


 なんと言ったらいいか……だから、なんか凄かった、のだ。

 そうとしか言いようがない。


「昨日は途中で切れちゃったけど、今日もやるからみんな見てね!」


 彼女がそう宣言する。

 賛同の声も多いが、不安に思うクラスメイトもいた。


 前者が男子で、後者が女子だ。

 男子は、配信停止となった大きな原因である、彼女のコスプレが目当てだろう。


 ネグリジェのせいでバンされたが、それ以前にもナース服やら婦人警官やら、猫耳メイドなどの衣装をコメント欄でリクエストされて、着替えていた。


 よくそんな珍しい服が咄嗟に用意できるなと思ったものだけど、実はオーソドックスだったりするのだろうか。


「……でも、春眞はるま……ほんとに大丈夫?」


 女子は危険性にすぐ気付いた。


 男子が気付けないのは、欲を真っ直ぐに見ているせいもあるけど、

 他人事だし、共感しにくい異性だ。


 防犯の意識において、やっぱり男子はどこかで大丈夫だろうと思っている節がある。


 女子に比べれば危機管理能力は低く、日常生活において不安に思うことは少ない。

 それは劣っているわけじゃなくて、腕っ節に自信があるからだ。

 いざとなれば対処できると思っている。


「あ、そっか。バンされちゃったから、しばらく配信はできないのかも……」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 当人は気付いていないみたいだ。

 周りの女子が危惧したのは、僕と同じく、ストーカーによる被害だった。

 動画を見て欲情したから特定して襲ってみましたとか、あり得る。


 なんかそういうタイトルの過激動画もありそうだな……。

 それを逆手に取って、ストーカーを撃退してみました、という動画も作れそうだ。


 身を粉にして餌を撒き、大きな鯛を釣っている……奥が深い世界である。


「いやでもマジで、反則級の胸を持ってるんだから気をつけた方がいいぞー」

「うひっ、あはははっ、くすぐったいってば――っ!」


 手の平からこぼれ出てしまいそうな胸が、鷲掴みにされていた。

 小動物のような愛嬌がある小柄な体には、不釣り合いに思える大きな胸だ。


 自然と、視線が誘導されてしまう。

 本人は自覚がないので気付いてなさそうだけど。


 誠也も言っていたけど、見た目は良いのだ。


 突然、ゆーちゅーばーデビューするだとか、唐突にホームビデオカメラを持ってきてクラスメイト一人一人にインタビューしたりだとか、ツチノコを探す部を作ろうとしてメンバーを集めたり、自主映画を制作したり……と、

 アホと天才の紙一重上にいる人間性で分かりづらいだけで、黙っていれば可愛い。


 ショートボブに、片方だけ結った髪が、彼女のぴょこぴょこ跳ねる特徴的な歩き方に合わせてよく揺れているのを目にする。

 まるで喜ぶ犬の尻尾みたいに。


 そう、まさに犬みたいなのだ。

 廊下で目が合えば、嬉しそうに寄ってきて雑談を交わす。

 それゆえにクラスのマスコットみたいな立ち位置で、誰もが憎めずに、愛されている。


 ただ、厄介な問題も抱えて持ってきたりするので、必要以上に親密になってしまうと大きな火傷をしそうだと誰もが近づき過ぎていない。

 しかし、誰もが離れ過ぎていると彼女がみんなを巻き込もうと躍起になるので、暗黙の了解で生け贄役ができている。


 で、それが今、僕だったりするわけで。


「おっ、坂上さかがみくーん! やっほー!」


 席についた僕に気付いたようだ。

 近づいてきて、僕の机に両手をついた。


 身を乗り出して――おっと、顔が近い。


「あたしの動画、どうだった!?」

「面白かった。ところで、答えていた質問は本当なの?」


「嘘に決まってるじゃん! 不特定多数のキモオタに本音で喋らないよー」


 そこまで自覚しておいて、顔を出して下着まで晒すのか。


「大丈夫だって。どうせ引きこもってる人ばっかりなんでしょ? 

 特定して会いにくる行動力のある人はいないって」


 でも、見ている人は彼女が言うキモオタだけじゃないと思うけど。


 普及率を考えれば、一般人だって普通に見てるだろうし……、

 これきっかけでメジャーデビューをした歌手もいたはずだ。


 目的がどうあれ、行動力だけで言うなら特定して会うくらいハードルは低いようにも思える。


 だから、思わず繰り返し聞いてしまう。


「本当に大丈夫?」

「なら、坂上が守ってあげればいいじゃん」


 集団に紛れて飛んだ女子の言葉に、周りが反応して後押ししてくる。


「いや、ちょっと……今日は僕、用事が……」


 僕の言葉は集団の同調にかき消されてしまった。

 いや、おい。

 僕は別に、押しに弱いわけじゃないんだぞ?


「坂上くん、今日の放課後、面白動画を撮るよ!」


 守ってくれるならついでとばかりに僕を巻き込んできたな。

 ……まあ、ここ数日は僕が担当しているので、どっち道、巻き込まれただろう。


 滞在時間はどうあれ、少しでも参加しただけで、ひとまず彼女は満足のはずだ。

 仕方ないなあ、と匂わせながら頷くと、


「じゃあ約束。ゆびきりげんまん」


 小指を出されて、それに倣い、僕も小指を出し、互いに絡める。


「嘘ついたらバラバラにするからね」

「針千本飲まされるんじゃないの?」


「あたしの地域ではそうだったの。約束ね! 絶対だからね!」


 チャイムが鳴り、名残惜しそうに、彼女が席へ戻っていく。


 嘘ついたら、か。

 針千本なら飲めそうだけど、バラバラはさすがに嫌なので参加しておこう。

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