第3話 ずっと好きな人
私、失恋しちゃったでしょ。
もう、なんだか、嫌になってしまってね。
貯金局も辞めてしまったんですよ。
なんとなく、わかります。
それで、その後はどうしたんですか?
まあ、私は近所に住んでたから、時々、貯金局での顔見知りに行き会いましてね。食堂のおばさんが「そういえば、深澤さんが、あなたの事を好きだって言ってたわよ」なんて言うんですよ。
私も結婚するのにいい年になっていたもんでね。
父が見合いでもするか?誰かいないのか?なんて言うもんですからね、つい、「私にだって好いてくれる人はいます」って言ったんですよ。悔しいでしょう。父が箸の持ち方になんて文句を言わなきゃ、あの素敵な恋が続いていたかもしれないのに。
そいで、私、三田の公衆電話から、深澤さんに電話をしましてね。
一度家に来てくれないかと頼んだんですよ。
そして、来たんですか?
そう。深澤さんが、背広を着て来てね。
背広姿の深澤さんなんか見たことなかったから、びっくりしましたけどね。
もとがもとだから、そんなに素敵ではなかったわね。あ、そうそう。この話しをお友達にした事があって、その時に「あなた、ご主人の容姿をそうやって言うけど、そういうあなたはどうなのよ」って言われたんです。
たしかにね、人の事をとやかく言える容姿はもっていなかったわね。目は小さいし、ずんぐりむっくりで。
いえ、お綺麗だったはず。
いえいえ、私も自分でそう思うんです。
あの人だってね、貯金局に他にも若い女の人がいたのに、なぁんで私なんかに声をかけたんだろうと思ってたし、深澤さんにしても、よく、私の事を好きだなんて人に話せたなと思うぐらい、そのへんのじゃがいもみたいな娘でしたもの。ほんとに。
あはは。 で、深澤さんとはすぐに結婚したんですか?
そうなの。父が、深澤くんと一緒になりなさい。って。深澤さんが「はい」と返事をしたもんだから、私も「お願いいたします」ってね。簡単なもんよ。
深澤さんて人はね、身寄りがなかったのよ。
だから、私の実家にしばらく、、5年ぐらいかな、父と母と同居してくれてね。
もともと優しい人だし、自分に親がもう居なかったもんだから、父の云う事をよく聞いてくれてたわね…。
やっぱり、父が選んだ人で良かったんです。
ほんとに良い人でした。
私、あの好きだった人を偶然見かけた事が一度だけあったの。
三越デパートでね、見かけたのよ。
会わなくなってから、5年もたっていたけど、変わらずに素敵だったわ。
横に、綺麗な若い女の人がいてね、一緒に笑って歩いていたんです。
その二人を見たとき、ああ、あの人の相手はやっぱり私ではなかったんだなと思いました。
その方も、結婚されていたんですか?
どうだろう、結婚している感じでも無かったけど、、。
初江さん、もしも、その素敵な人と結婚してたら、女性関係で苦労してたかもしれませんよ。
あら、たしかにそうだわ。
だいたい結婚なんてね、すごく好きな人となんかしない方が良いんです。
あなた、憧れの人となんか生活できないわよ。
ちょっとぐらいどうでもいい人が、ちょうどいいの。
なるほど。そうかもしれませんね。
でもわたし、今でもあの人の事が好きですよ。これらもずっと好きだと思います。
え? どちらの?
うふふ。
抹茶チョコレートみたいな。渋いほろ苦い初江さんの恋のお話しでした。 (おしまい)
97歳 恋花 モリナガ チヨコ @furari-b
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