8話 風瑠と模香

「この、鈍感」


この言葉が頭から離れない。後にスグから、


「あれ、初日なのに、えっと、風瑠さん?と喧嘩したのかよ?」


と言われてやっと彼女が風瑠だと分かったが、声をかけられない。でも、話をしたい。


「この、鈍感」


この言葉をかけてしまったことを後悔している。今は自分のことに気づいているようだが、声をかけられない。でも、声をかけてほしい。話をしたい。


「この、鈍感」


この言葉を胸に響かせて、二人は日課をこなした。


部活前。


「───風瑠ちゃん、どうしたの?」


耳元で凛とした声がする。その声は優しさで包み込み、苦しみから救ってくれそうな予感をもたらした。

 

「あ、模香ちゃん。ううん、ちょっと───喧嘩しちゃって」


失恋しちゃって、と言いかけたが、それを抑えて風瑠は模香に弱々しく笑顔を作る。しかし、さすがは人付き合いが上手なこともある。


「相談、乗るよ?」


模香にはお見通しだった。風瑠は軽くため息をついて、


「───それがね」


今日あったことを話し始めた。模香は終始微笑みながら、泣きそうになっていた風瑠を優しく包み込んだ。


その夜。夕飯を食べ終えた夕は、勉強前にスマホを開く。


「お、模香からか」


模香は1日おきほどのペースで、メールを送ってくる。内容はいつもテレビ番組のことや学校での小話など、どうでもいいものばかりだ。今日は珍しく、2日連続でメールが送られてきた。夕は内容を確認する。


『風瑠ちゃん、すごい寂しそうだったよ。ちゃんと明日謝ること!以上!』


とだけ打ち込まれていた。


やっぱりかなり悲しかったんだな、明日、ちゃんと謝らなきゃ。


そう思った。届いたメールの最後にあった、


『難しいなら、私も手伝ってあげるから』


という文に温もりを感じながら。



翌日。夕が登校の準備を終えたとき、タイミングよくチャイムが鳴る。夕は母にあいさつして、扉を開ける。玄関前にはいつも通り、少し眠そうな顔をしている風瑠がいた。しかし、その横には誰かの影があり、


「さ、行こ、夕!───ほら、風瑠ちゃんも、行こ?」


この日から、毎日一緒に登校する仲間が1人増えたのである。


通学路を歩いている途中、


「───あの、風瑠さん」


夕が切り出す。


「昨日はごめんなさい。鈍感なところがあって、風瑠さんって気づけませんでした、、、」


そう言って夕は頭を下げる。これで許してもらえるかは分からない。それでも、思いを伝える一心で、謝罪をした。


「───私も、鈍感なんて言って、ごめんなさい。命を助けてくれた恩人に『誰?』って言われたら悲しくって」


二人とも謝罪の意を述べ、また辺りは沈黙を取り戻す。とはいかず、


「じゃあ、仲直りも出来たことだし、学校まで走ろっか!」


模香が明るさを作り出してくれた。


「えぇ、、、」

「えぇ、、、」


ハモった。模香と夕は思わず吹き出す。


「あ、そういえば二人ともさ」


模香が何か言うことを思い出した。


「2人とも同級生なんだし、敬語使うのやめたら?そんなに疎遠にしなくてもいいんじゃない?」


この言葉に、2人は少し戸惑ったが、


「改めてよろしく、風瑠さん」

「うん。よろしく、夕君」

「よろしい。じゃあ行くよ!よーい、ドン!」


結局走り出した模香を追って、夕と風瑠も後を追う。太陽は鮮やかに輝き、新たな1日の始まりを告げていた。

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