第57話



『なんだ……?』


 セグオンが、ふしぎそうに俺を見つめてくる。


『どうした、レジード? んん? 今のは、大事な物ではなかったのか? ふふふ』

「Sクラス勇者の扱うスキルと、Sクラス勇者免許に封じられたスキル」

『ん?』

「どう違う? 魔王を倒せたとしたならば、勇者でも免許でも同じではないのか?」


 アホウめ、とセグオンがあきれたように言った。


『そんなこともわからんのか! いいか? 免許がなにかを倒すわけではない。童に包丁を持たせても、料理ができるわけではない。スキルも同じ、それそのものではなく、扱う者の心が倒すのだ』

「ああ。……勇者セグオンらしい言葉だな」

『勇者ならば最初に覚えることだ!』

「その通りだ。俺もそれは教わることができた。今でも確かに、そう思っている」

『それでいい。たとえ今、お前がSクラススキルの封じられた免許を持っていたとしても、ワタシが敗れることなどない。勇者でない者に魔王は倒せん! それがこの世の真理と――』

「扱う者が大事だというのなら……」


 ガレキの上でかかとをにじり、俺はセグオンをにらみつけた。


「ファズマは」


 あの正直な男は。


「Sクラス勇者にも劣らぬ心の持ち主だ!!」

『ああ……? なにを寝ぼけた――』

「勇者以外を人と思わん。いいや、イルケシス以外を何とも思わん。そういうところが、確かに強い。そうだったからこそ、一族でオトリにもなれたのだろう」


 そしてそういうところが、俺は嫌いだった。

 今もだ。

 再確認させてくれて感謝するぞ、魔王セグオン!


「貴様を倒す」

『なにい……!?』

「勇者ではない、勇者免許も持たない、できそこないの俺が、だ。貴様の理屈では、そんなことは起こりえないはずだな」

『何度言わせる!!』


 セグオンが、これまでにない数の闇を生み出す。

 逃げ場のない環境を利用して、四方八方から攻撃が繰り出された。


――スキル 『村人』 水ランク79+火ランク81

――擬似的顕現、幻影技能<ドッペルゲンガーかげよわれとなれ


『お前はここで!!』


――スキル 『村人』 風ランク60+地ランク72

――擬似的顕現、格闘技能<ゴールドフットゲインスレイプニルのように


『死ッ』

「いつまで」


 大きく広げられた触手の内側。

 超至近距離に立つ俺に、セグオンは混乱したようだった。

 隙だらけの動きで、きょとんと見下ろしてくる。


「いつまでしゃべっている?」


 生きていようが。

 死んでいようが。

 貴様が口を開いていい時間は、先の大戦で終わっていたはずだ。


――スキル 『村人』

――風ランク150 火ランク200 地ランク150 水ランク150

――擬似的顕現、勇者技能、


「<ブラスト・ヴァーミリオン紅くくだけちれ>!!」


 突き上げるようにして放ったスキルが、セグオンの巨体を呑みこんだ。

 灼熱の光が奔流となり、自ら爆発を連鎖させながら吹き飛ばす。


『グアアアアアアアアアアアアッ!?』


 石壁にこだまするセグオンの絶叫すらも、とめどない炸裂音がかき消していった。

 壁の一角が突き破られ、新たな土煙がもうもうと立ちこめる。


「…………。俺も派手なものだな」


 自覚はあまりなかったが。

 やはりこれも、イルケシスの血のなせるわざか。


 などと生家のせいにしながら、俺はガレキからガレキへ飛び移った。

 見下ろす。


 つい数十秒前に比べて、セグオンはずいぶん小さくなっていた。

 カエルの体が粉々に消し飛び、触手はコゲてくすぶっている。

 人型部分だけはどうにか守ろうとしたらしいが、両腕は砕け、残る部分も縦横にヒビ割れていた。


『お……ま、え……!』


 それでもしゃべれるあたり、さすがは魔王か。


『いま、の……今の、は、ゆ、勇者スキル……! なぜ、お、おまえ……が……!』

「今のは勇者スキルではない」

『な……』

「村人スキルだ」


 俺は、魔王セグオンに背を向けた。

 壁の開いたところから出ようとして――ふと足を止め、向きを変える。

 ところどころ、スキルの余波で煙を上げているガレキの中に踏みこみ、下へ、下へ……


 見つかるかな?

 お。

 あった。


『な……なッ……?』


 瀕死のセグオンのところまで戻って、俺は。

 仮免許をかざした。


「<クリムゾン・ボム>」

『ぎゃっ』


 射程の短すぎる火炎の直撃を受け、セグオンの全身にヒビが広がる。

 そのまま砕け、細かい破片になり、さらに粉と崩れて消えていった。


 ふむ。

 これでよし。


「……む……?」


 今度こそ壁から出ようとして、俺はまた足を止めた。

 妙な音が聞こえる。

 地響きのような、何なような……人の声のような、叫びのようなものも。

 これは。


「レジード殿おおおおーーーーーッ!!」


 石壁を回りこんだ俺の前に、騎兵の部隊が姿を現した。

 20騎はいる。

 猛烈に地面を蹴立て、まっすぐにこちらへ近づいてくる。


 間違いなく敵ではない。

 それどころか、先頭の馬に騎乗し、抜き身の剣を振り回しているのは、


「セシエ!」

「レジード殿お! ご無事でありますかあーッ!?」

「無事は無事だが。援軍に来てくれたのか?」

「いかにもであります! 当然であります!」


 それはありがたい。

 ありがたいが、しかし。


 あのダンジョンをここまで、騎馬で抜けてきたのか?

 連絡を……おそらくモーデンか、A組の誰かから学校に入った救援要請連絡を受けてから、すぐさまこれほどの即応部隊を引き連れて?

 さすがは騎士、と片付けてしまえる手際ではないぞ。


 セシエも、パルルも。

 なんと底の知れない頼もしさだ。



**********



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