第58話



 セシエの連れてきた騎士たちが、騎乗したまま周囲を警戒してくれている。

 敵の気配はもう感じないが、やはりこうなると、縁魔界でも安心感が違うな。


「では、あの崩れた石の壁は、その魔王が……!?」

「ああ」


 セシエに、かいつまんで状況を説明した。

 魔王セグオンがだいたいべらべらしゃべってくれたが、あとでファズマにも話を聞かなければな。


「イルケシスの勇者たちが、よもやそんなことになっていたとは……!」

「情けない限りだ」

「すぐに上に報告するであります! ここは重要な現場資料となるでありましょう。我々は問題なく転移して来れたでありますが、学園の皆さんが離れ離れになった罠も気になるであります!」

「そうだな。セグオンの仕業だったということは、他の魔王にもできると考えたほうがよさそうだ」


 他の……魔王。

 他の、イルケシス家の者たち。


 いったい何人が、セグオンと同じような地平に堕ちているのだろうか。

 そんなにいるはずがない、と思いたいが……

 セグオンのあの口ぶりだと、覚悟しておいたほうがよさそうだ。


「やはり、魔界がある限り、かりそめの平和か……」

「で、ありましょうか……ここ何10年もの沈黙が、こうなってくると不気味でありますな」

「ああ。イルケシスの者たちが、めいめいバラバラに俺を狙ってくるだけならば、いくらでもやりようはあるがな……」

「違う、と……?」

「頭のいい魔王もいるだろうからな。怪しい動きを見せている元イルケシスたちを利用して、再び大戦争を起こす……そのくらいのことは、すでに考えていてもおかしくないんじゃないか」

「う、う~~~む……! 仮にそうだとすると、今の人間界では……!」

「勇者免許をおもちゃがわりに、人間同士でじゃれ合っているようでは、ひとたまりもないだろうな」


 だが、セグオンや魔族との戦いを経て、俺の考えも少し変わった。

 免許が悪いわけではない。


「俺たちが、免許を正しく使うことができれば、立派な戦力になる。いよいよもって、がんばって勉強しなければな」

「すばらしい心意気であります! 学園に戻られますか?」

「ああ、そうしよう」

「すぐに浄化部隊も来るそうであります」


 セシエに手を貸され、俺は彼女の馬に同乗させてもらった。

 こうしてみると、セシエはやはり小柄だな。


「早く帰って、戦いの傷を癒さねば……でありますが、傷を負っておられますか、レジード殿?」

「うむ。うむ? あったかな、傷。いまいち覚えていないな」

「これでは魔王もやってられないであります」

「かもな」

「では、騎士団の皆さん! あとはおまかせしたでありますよ!」


 ドカカッ、とセシエが馬を走らせる。

 遠乗り気分だと、縁魔界も悪くないかもしれないな。


 風が頬を打つ中、俺は戦場を見回した。

 シーキーが倒れていた石畳。

 ファズマが意地を見せていた台座。

 遠くどこまでも曇り空が続いていく、摩訶不思議な空間の片隅に――


 ちらりと一瞬、銀色が見えた気がした。


「……なに……?」


 目をしばたたかせる。

 なにもいない。

 どこまでも、平坦な景色がのっぺりと横たわっているばかりだ。


「気のせいか……?」

「レジード殿っ? なにかおっしゃったでありますか?」

「ああ、いや。なんでもない。……なんでもないが、今のは」

「レジード殿~?」


 目の端に引っかかった気がする、今の銀色は。

 アビエッテ……?


 いや。

 そんなわけはない。

 F組の中で、彼女だけはここに来ていないはずだからな。

 ましてや、こんな場所まで……見間違いだろう。


「レジード殿、おなか減ってないでありますか? 人心地ついたら、ごはんにするでありますよ!」

「ああ。そうだな」

「いや~ご無事でなによりであります!」


 そうだな。

 本当にそうだ。

 ファズマとシーキーが心配だが……パルルがよろしく計らってくれているだろう。


 みんな、無事でよかった。


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