第56話



 再び放たれた闇の一撃を、俺は身を低くしてかわした。

 そのまま前へ走る――今までいたところに、長くしなった触手が叩きつけられた。


『いいぞレジード! できそこないにしてはいい動きだ』


 獣とも両生類ともつかない醜い脚を踏み鳴らし、セグオンが笑う。


『頼むから、まともに食らってはくれるなよ? なるべく多くの血をしぼり取りたいからな!』

「わかった」

『ははははは、そう! そういうノリだレジード! 来世で存分に役立てるがいい!』


 ななめから振り下ろされた触手を、ぎりぎりでかわす。

 間髪入れず、巻き付こうとしてくるが……


「<クリムゾン・ボム>!」


 飛び退きざま、仮免許のスキルを発動させた。

 ジュッと焦げる音とともに、気色の悪い触手がビクッと一瞬固まる。


『ランクCスキルだと? フン、そうか。できそこないにとっては、そんなゴミのようなスキルでもありがたいか』

「その通りだ。ここに来るまでの魔族なら、これでじゅうぶん倒せたぞ」

『そうかそうか。ではワタシも倒されてしまうかもしれんなア。そのまま1万発も当て続ければ、思いが届くかもしれんぞ』

「今度の忠告は有用だな」

『それはよかった。ワタシも数えておくとしよう。何発目で』


 ドッ、と石床を踏み砕く音。

 飛翔するドラゴンもかくやのスピードで、セグオンが目の前まで突進してきた。


『お前を噛みちぎれるかな!!』


 言葉通りに噛みついてきたセグオンを、半歩退いてかわす。

 まばたきほどもおかず振るわれたツメを避け、触手をかいくぐって、


「<クリムゾン・ボム>」


 2発目。

 さらに不用意にこっちを向いたセグオンの顔に3発目。


『うおっぷ!?』


 驚きはしたが効いてなさそうな声を背中に、4、5、6発。

 体の両側で気配。触手で取り囲もうとしているな?


――スキル 『村人』 風ランク60+地ランク72

――擬似的権限、格闘スキル<ゴールドフットゲインスレイプニルのように


「<クリムゾン・ボム>!」


 迫ってきた触手を2段蹴り、3段蹴りして空中に飛び上がり、セグオンの背後に着地しながらもう1発。

 ……ふむ。1万発か。

 確かにきりがないな。

 よし……


『チッ! 妙な芸ばかり達者になったようだな』

「おかげさまで、ずっと村人だったものでな」

『今でもそうだろうが。そんな免許で勇者になどなれん、いくらお前でもそのくらいわかるだろう!』

「確かに」


 俺はスキルで強化した足を止めた。

 あえてゆっくり、セグオンの巨体を回りこみながら、ずいぶんと荒れてしまった石床を歩く。


「俺がかつてあこがれた、イルケシスの勇者たち……魔王・・セグオン、貴様も含めたその場所へは、勇者免許では行けないだろうな」

『当然だ』

「関係があるか?」

『む?』

「勇者になることと、勇者免許をとること。そしてイルケシスの仇を討つことの、どれかひとつしかしてはいけないわけではあるまい」


 イルケシスは魔族に討たれた。

 セグオンはかつての勇者、しかし今は魔王。

 ならば――ためらいなどない。


「イルケシスの血を継ぎ、勇者免許もとり、セグオン、貴様も倒す。何も問題はない」

『お前はここで死ぬ。勇者ごっこができるのも、ここが最後だ。ようく考えたほうがいいぞ?』

「セグオン」

『いいかげん、様のひとつもつけんか――』

「貴様まだ、俺に攻撃を当てられるつもりでいるのか?」


 初めてセグオンの薄笑いがゆがんだ。

 プライドにさわったか。ちっぽけなものだ。


「それに、見ろ」


 俺は足もとから、勇者仮免許・・・・・を拾い上げた。

 おそらくはファズマの物。戦いの中で落としてしまったのだろう。

 俺の物と合わせて、ふたつ。


「これで時間短縮になる」

『何の……つもりだ』

「仮免許のスキルで倒さないと、単位がもらえんのでな」

『ほざくなあ!! <ヴリトラ・ヴァーミリオン・アドラス>!!』


 セグオンの周囲に、闇のわだかまりがいくつも現れた。

 放たれる衝撃波をかわし、ときには小石を投げて弾けさせ、こちらから接近しては仮免許スキルを叩きこむ。


 ――イルケシス〔勇〕家こそが、俺にとっての勇者。

 その想いは変わらない。こうして戦っている今も、少しも。

 だが。


 もし仮に、勇者になれたとして、どうなのか。

 俺のステータスのジョブに、勇者と記されたとして。

 学園を卒業して、勇者免許を手に入れたとして。

 それで、どうすればいいのか。


 わかった気がする。


「ふふ」


 自然、俺は笑っていた。

 いったいいつぶりのことだろうか。


『何がおかしい!? このできそこないがア!』

「いや、なに。記憶違いだったかな、と思ってな」

『あア……!?』

「魔王セグオン。見た目こそグロゲチョで、なるほど魔族のたいそうなスキルを身につけたようだが、動きが人間のままだぞ。間合いの取り方、目線の位置、重心、今の姿に見合っていない」

『な、にいッ……!?』

「それでも、俺の記憶にある勇者・・セグオンなら、武勇に優れたつわもののはずなんだが。まるで大したことがないな……? 俺はなにか、間違えているか?」

『小うるさいわ!! そんなスキル、くすぐられたほども感じぬ! よける気にもならんだけだ!』


 なるほど。筋は通っていないでもない。

 だが……動きは人間でも、知恵は魔族並か?

 俺がしているのは足止め、時間稼ぎだぞ。


 パルルたちが逃げる時間さえじゅうぶんに稼げれば、俺も逃げる。

 コイツを確実にしとめるには、モーデン副校長たちの援軍を待つのがいい。

 単位は惜しいが、確かにまあ、1万発当てても倒せんだろうなこれは――


『お前はッ!』


 ――なんだ?

 セグオンの闇球が細かく散り、台座の外周に着弾していく。


『ここで死ぬのだ!!』


 足もとが揺れ、崩れた。

 ガタつく視界の中、俺はバランスを保つよう努めた。

 身を低くし、壊れてゆく床を蹴って、なるべく大きな塊に飛び移り続ける。

 舞い上がるほこりの中、ガレキの上に着地した。


「派手なのはいいが……今ので死んだらどうするつもりだったんだ」


 がんばって掘り出すつもりでいたのだろうか。

 見た目にそぐわない地道な計画だが、そうとしか考えられないな。


 ほこりを払う俺のまわりは、石の壁で完全に囲まれている。

 小高いステージのようになっていた台座を、くりぬくかたちで崩落させたらしい。

 最初からそのつもりで作っていなければ、こんなことはできない。


 なかなかやるじゃないかセグオン。

 砂場で遊ぶ子どものような知恵だが。

 俺の転生に気づいて以降、ずっと狙っていたというのは本当のようだな。


『もう逃げられんぞ』


 ガレキを砕き散らして舞い降り、セグオンが触手をめいっぱいに広げた。

 まるで蜘蛛の巣だ。

 確かに動き回るのは困難になったが、ま、いざというときは石壁のどこでもぶち抜けば――


『時間を稼いでいるつもりだろうがな。無駄というものだ。勇者でない人間なぞ、どれほどやってこようがワタシのエサにすぎん』

「それはどうかな。貴様ごときが、Sクラス魔法使いに勝てるとは思えんが」

『SクラスだろうとAクラスだろうと、咀嚼そしゃくにかかる時間が違うだけのことだ。魔法使いだろうと騎士だろうと格闘士だろうと同じ……そうだ、よろこべばいい、レジード。ワタシの前では、お前のような村人も槍兵も、まるで違わないのだからな』

「……なに?」

『お前に匹敵するアホウだったぞ、さっきの男は』


 さっきの。

 男。

 ……槍兵。


『ほかの有象無象よりは、お前と関わりが深い男だったな? そうと知っていたから、お前が来るまでは殺す気などなかったのだ。それをまあ、か弱いスキルを振り絞って。気絶した女に、必死で呼びかけながら』

「…………」

『逃がすつもりもなかったがな。気づいたか? お前が到着する前に、あの男の足は折っておいたのだ。効かんだかなんだかわめいていたなア、けなげなことよ』


 そうか。

 気づかなかった。

 ……気づかなかったぞ、ファズマよ。


『Aクラス? 槍兵? 片腹痛いわ。イルケシスの勇者以外はゴミと同じよ!! 仮にも勇者をめざすなら、お前も付き合う相手を選べ。そもそも――』


 コツッ


 セグオンが言葉を切った。

 彼の額に当たった物が、軽い音を立ててガレキの中を落ちていく。

 何かはわかっている。

 仮免許。

 俺の物だ。

 俺が投げた。気づいたら、手にあったそれを、投げていた。


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