第49話



 気がつくと、大きな広間の中心に、俺たちは立っていた。


 体育館ではない。

 石造りの床と、アーチ状の天井。まるで、かつてパルルが造っていた神殿のようだ。

 四方が土や岩石の壁に囲まれ、あちこちを漂う魔力の灯り以外にも光源があったならば、だが。


「ふむ……?」


 立派な雰囲気はともかくとして……

 妙ではないか? 明らかに。

 ここには、俺たちしか……

 モーデン副校長、パルル、俺の3人しかいないぞ。


「……これは」


 モーデンも、すぐさま現状を把握したようだ。

 すばやく――というか、年格好からすれば信じられない速度で石畳を駆け、神殿の先を調べる。

 やはりただ者ではないというか、尋常ではない。


 パルルも杖を構え、当たり前のように俺の背中を守ってくれている。

 頼もしくなったな、弟子よ。


「転送スキルにエラーが起きた模様です」


 戻ってきたモーデンが、珍しく険しい表情で言った。

 どうやら、ほかの学生は見つからなかったようだ。


「我々の現在地は、転送予定地点とは異なります。予定していた縁魔界のどこかではありますが、集団とはぐれてしまったようです」

「起こりうることなのですか?」

「正直……ありえません。しかし、スキルとて人の行うことですからな。魔法陣を介したとしても、100パーセントないとは……」

「なるほど」

「原因はあとで調べるとしましょう。まずは、目の前のトラブルを解決しなくてはなりませんね。これからお2人を、学園に戻します」


 ふむ?

 そうか。

 そもそも転移は魔法使いのスキル。Sクラスだというモーデンは、自ら行うこともできるのか。

 すごいな。転移は試してみたこともない。

 だが、状況が状況だ。


「なにか、自分たちにも手伝えることがあれば……」

「ええ。それが今、学園に戻って、誰か職員に事の次第を伝えていただくことです。なんらかの手違いで、おおごとにならず済むならそれでよし。もしも不可解な点が目立つようなら、誰かしら動いてくれるでしょう……校長先生まで報告がいくよう、取り計らっていただけますかな」

「承知しました」


 なるほど。

 事態を重く見ている……

 というより、最悪の場合を想定している、ということだろうか。


 間違いのない動きに違いない。

 山でパルルと2人だったときや、妖精たちといっしょだったときは、なかなかこういうことを学べなかったからな。すばらしい。


「ではお2人とも、いきますぞ」


 やわらかな口調は相変わらずだが、しかし。

 モーデンの雰囲気が一変した。

 スキル発動を助けるものなのだろうか、胸の前で両手の指を組み合わせている。

 凜とした表情は年齢を感じさせない。


 スキル、の声が聞こえたか聞こえないか――

 俺の視界が再び左右に激しくぶれ、

 まもなく元に戻った。


「……む……」

「お師匠さまっ」


 転移は成功したようだ。

 そばにパルルがいるし、見える景色がさっきまでと違う。

 本当に個人で転移スキルを操ったのか。さすがはモーデン副校長。

 ただ。


「ここは……学校? では?」

「ないです!」


 やはりか。

 どうも視界に茶色が多いと思った。


 土くれがむき出しの壁面に、やたらとでこぼこの目立つ地面。

 空は見えない、頭上は遠い闇だ。

 そのくせ謎の光源はあるようで、見たくもない茶色を見るのに不自由はしない。


 こういう環境。

 縁魔界でよくある、と学んだ。


「さっきの神殿があった場所と、そんなには離れてない気がしますう!」

「ふむ? それは……ああ、鼻か?」

「はい! 空気のにおいが同じなんです」


 パルルの、エルフ特有のこういう感覚は信憑性が高い。

 どういうことだ?

 モーデンが転移スキルを失敗した……のかもしれないが。


「そうでなかった場合のほうが、厄介か……?」

「お師匠さま?」

「パルル、今の転移のとき……それと、学校から転移したとき。なにか聞こえたか?」

「え? いいえぇ、なにも……? あっ」

「どうした?」

「学校からの転移の瞬間、誰かがおならしました。びっくりしたんでしょーかね?」


 そんなくだらないものが聞こえていて、ほかを聞き逃すなどとは考えづらいな。……パルルなら、よもやとも思ってしまうが。

 俺には聞こえたぞ。

 今の転移のときも、耳鳴りのようにそっと、けれど確かに。


 まっていたぞ


 という、ふしぎな声を。

 どこか震えるような……よろこびをこらえきれないような。

 そんなふうに聞こえたのは、気のせいか?


 声が聞こえたこと自体が気のせいだ、とは……

 すでに、考えなくなってきているな。


「なにかある……いや。なにか、いる・・のか……?」

「お師匠さま? なにかお心当たりでも……?」

「いいや、基本的にさっぱりだ。ただこの状況、つくられたものかもしれん」

「えっ。副校長さん、わざとパルルたちをこんな……!?」

「そうではなく。……まてよ、もしそうだったら怖いな。いろんな意味で」

「ですう。さも想定外だ、みたいなリアクションを自然に連発してましたですよ、あのお人」

「あれが演技だとしたらすごいが、そんなリアクションを見てわざとかもしれないと思えるおまえのほうがやはり怖いという結論に至った」

「えー」


 ともあれ、無駄話に時間を使うのが得策とも思えない。

 結局、ここはどこなんだ?


「見える範囲だけでいえば、自然地形を利用した地下ダンジョンのようだが……?」

「ですねえ。超巨大蚯蚓ミュータントワームの巣穴っぽいですう」

「高さが天井知らずなのは、そうか、これが縁魔界ゆえの現象か」

「そーゆーことですよね! 縁魔界すごいですう!」


 はしゃぐことでもない気がするが。


「空間が縦にゆがんでいるようだな。よくあるパターンだと授業で教わったが、やはり見ると聞くとでは大違いだな……」

「ですう。階段も普通にあるらしいですけど、ほんとですかね?」

「想像がつかんな……」

「あ、ほらほら、言ってるそばからありましたよお師匠さま!」


 パルルが指さす先に、確かに上へとのびる石段がある。どこまでも続いているのかと思いきや、壁を回りこむようにして闇にまぎれていて、上の景色はうかがえない。

 ねじれた魔力の影響を受けている、ということか。

 イルケシスの領地も、今こんなふうになっているのかもしれない……


「どうします? 階段、のぼってみちゃいますか?」

「まて、パルル。ダンジョンにおいては、まずフロア全体の把握が可能か試行すべし、というのを教わったはずだ」

「はっ。そうでした! さすがお師匠さま! ついついミステリアス階段に気がはやってしまったパルルをキライにならないでほしいですう」

「きらいになどならんが面倒くさいなおまえ。まずもって、階段がこの1カ所とも限らん。この――」


 響き渡った悲鳴に、俺は言葉を切った。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


次は11/7、19時の更新です。

→詳細は近況ノートにて

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