第50話



 この悲鳴は、気のせいであるわけもない。

 反響がじゃまだが、近いぞ……


 上、と判断するやいなや、俺とパルルは駆けだしていた。

 パルルも正確に、声の方向を判断したようだ。


 階段を一足飛びに駆け上がる――らせん状に回りながら、次第に変化していく視界に戸惑わざるをえない。

 さっきまでなかった天井が、闇の中からいきなり現れる。


 もったいないな。

 本当なら、かつて体験したことのないこの現象に、いちいちじっくりおどろきたい。

 だが今は、


「くそおおおお! なんだってんだっ!」


 複数の巨大な魔物に、袋小路に追い詰められている男をなんとかするべきだ。

 いくぞ、などといちいちパルルに伝えたりはしない。

 俺は急ぐから、フォローを頼むぞ弟子よ!


――スキル 『村人』 火ランク85+地ランク90

――擬似的顕現・魔闘士技能<暑っ苦しく殴る>


「はあッ!!」


 手近な魔物の1体に、炎をまとった掌底を叩きつける。

 イノシシに似たそいつは壁まで吹き飛び、熱さにもだえるように転げ回って……、

 む?

 倒し切れていない、だと?


「効きが悪いか……?」

「てぇーい蜘蛛の巣召喚ッ!」


 パルルが耳慣れない技を使う。

 まさに蜘蛛の巣のように広がった魔力が、魔物たちを捕らえて引き回した。

 杖を器用に操りながら、パルルは逆の手で仮免許をかざす。


「<クリムゾン・ボム>!!」


 魔物の群れが、まとめて炎に包まれた。

 そうか。なるほど。

 ここは縁魔界……人間界より、魔界の純度に近い場所。

 人の身に魔力を通して発現するスキルは、おしなべて効果が減衰してしまうという。


 それがこれか。

 魔界でともなれば、輪をかけてひどいらしい。


 その影響を唯一受けないのが、勇者が扱うスキルなのだ。


 それを見越したパルルの即応。

 すばらしいぞ、弟子の成長がまばゆい。

 フォロー以上のことをしてくれたな。

 モンスターの群れを、またたくまに始末して――


「ひゃあああっ!? だ、ダメですうー!」


 は、いなかったが。

 パルルの縛めを断ち切って、何体かの魔物が向かってくる。


 どうやら、こいつらはBクラス以上の存在らしい。

 仮免許に封じられた勇者スキルでは、倒しきれないか……?

 いいや。


「戦いは手数だ。やるぞパルル!」

「は、はいっ、お師匠さま!」

「「<クリムゾン・ボム>!!」」


 我がことながら息ぴったり。

 パルルの放つ火炎の渦と、俺の放つ火炎の……火炎の……

 火炎の。

 なんだこれは?


 火炎ではある。

 渦でもある。

 しかし、飛んでいかないというか……

 かざした仮免許のすぐそこで、くるりくるりとゆっくり回転している。

 青い燐光もちらちらと踊り、まるで寝ない子をあやす玩具のようだ。

 なんとなく、サイズも小さい。


 かわいっ、とパルルもこっちに注目した。


「お師匠さまのスキルちょーかわいっ! ステキですう!」

「そうか。ありがとう。今はその表現すら救いかもしれない」

「これ、さわっちゃまずいですかあ? なでなでしたいですう!」

「わからんが、良くはなかろう。それよりパルル、右へ跳べ」

「――はいぃ!」


 一瞬の疑問すら差しはさむことなく、パルルがぴょんと右へとびのく。

 今までパルルがいた場所に噛みついた人型モンスターの前に、俺は体をすべりこませた。


 手にした仮免許を――

 正確には、かわいい火炎を叩きつける。

 スキルが弾け、モンスターが炎にまかれて吹き飛んだ。


「ふむ。威力はまずまずのようだな」

「お師匠さまのスキル、いろいろとひねくれた子が多いですね!」

「的確な表現だ。ひねくれる程度ですんでくれているから、俺としてもまだやりようはある」

「さすがお師匠さま! 弟子の指導もスキルの指導もお手のものですね!」

「弟子にそう言われてうれしくないことはないが、スキルの指導とはいかに」


 射程で役割を分担し、パルルと2人、テンポよく魔物を駆除してゆく。

 襲われていた者たちが体勢を立て直し、ともに戦いはじめてからは早かった。

 ものの数分後。

 少なくとも、見えている範囲に動く魔物はいなくなった。


「助かったぜ……ありがとうな!」

「何があった?」


 俺に礼を言った男は、荒い呼吸を落ち着けながら首を横に振った。


「わからねえ。いきなり襲われたんだ。ここは縁魔界だから、ま、当たり前っちゃ当たり前なんだが」

「転移からは……」

「ああ、転移の時点で変だった、出現地点がバラバラでな。どうにか仲間をさがそうとしてたんだが、このダンジョン、事前に知らされた以上に大きくないか?」

「そうなのか」


 ダンジョン初心者の俺には、いまひとつ感覚がわからない。

 しかし、大きいというだけで厄介なのだろうことは想像できる。

 俺たちだけでなく、ほかの学生たちもてんでばらばらな場所に転移しているのなら……


「パルル」


 はいぃ! とこの状況でも元気な特A組学生の目を、じっと見つめる。

 それだけで察してくれたらしく、パルルはA組の男に向き直った。


「下手に動かないほうがいいかもしれないですう。わたしたちがあちこち巡ってみますから、人数がそろったら、まずはこのフロアを詳しく調べてほしいですう」

「ああ、合理的だが……あんたたちは?」

「わたしは特A組のパルルですう。今日は見学で参加してたんですけど、少しはお役に立てると思いますう」


 特A、と納得したように男はうなずいてくれる。

 やはりこのレベルになると、話の通じ方も早い。たいへん助かるな。


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