第47話
それからも何度か、F組前期の授業は行われた。
免許・仮免許の正しい使い方や、国家による対魔界方針、他ジョブにおける免許制度などなど。
それはきっと、つつがなく暮らす一般国民ならば一度は学んだことなのだろう。
パルルは退屈だとぶーぶー言うし、アビエッテは一貫して眠っていたが、シーキーはまじめに取り組んでいたし、そして俺にとっては、単純にありがたかった。
勇者の数が少ない今――免許持ちを含めれば、ひと昔前の100倍以上いるようだが――、それでも平和を守ろうと奮闘する、人間社会の力を感じた。
知識の更新も、おおむね完了したかなと思えたころ。
俺とパルルはついに、A組の授業に参加することになった。
「やっとやっと! って感じですねえ、お師匠さま!」
集合した体育館で、白い杖を抱えたパルルがうきうきと跳びはねる。
まあ、はしゃぐ気持ちもわからないでもない。
俺も少々、期するものはある……
授業も確かにありがたかったが、イルケシスのことに触れられるわけではない。
ありあまる時間にまかせて、図書講堂の文献をつぶさに調べることはできたが、『イルケシスの栄光』が記されている本は数あれど、末期を明らかにした物はなかった。
誰も、『2年聖戦』でイルケシスがどう散ったか、知らないのだ。
人間界には戻ってこず、イルケシスの領地が縁魔界となった……
どの書籍にも、そのことばかりが繰り返されているのみ。
不思議だ。
皆それでいいのか?
いや、いいのだろうな……
100年近くも前に滅んだ家のことなどより、今現在の平和のほうが大事だ。それは俺もそう思う。
「それがいつまでも続くものならな……」
「お師匠さま?」
「なんでもない。パルルの言う通り、やっとだな」
「です! 縁魔界、初めてですもんねえ!」
それもまた、パルルの言う通り。
俺たちはまだ、魔界どころか縁魔界にも入ったことはない。
普通の冒険者なら、ダンジョンなどを巡っているうちに、知らず知らず縁魔界に踏み入っていた経験もあるだろうが……俺とパルルは、ずっと山にいたからな。
なにはともあれ、まず一歩。
俺もパルルのようにはしゃいでみるべきか?
「む? ……シーキー?」
視界の端に、見知った人物が入った。
この体育館には、これから『実戦授業』に赴くA組前期の面々が集まっている。
おのおの、自慢の武器をたずさえて、やる気じゅうぶんといった様子だが……
そんな中、短い2本の杖を握りしめ、右往左往しているのは確かにシーキーだ。
「どうしたんだ? こんなところで」
「あ、れ、レジードさん……パルルさんも。ご主人様を、み、見ませんでしたか?」
「主人……ファズマか? そういえば、いないようだな……?」
ファズマはA組所属。
伝え聞くところによると、よほど成績もいいらしい。
当然、この実戦授業には出席しているものと思っていたが……
この体育館の中には、姿は見えない。
「ファズマになにか用なのか?」
「あの、お、お忘れ物を……届けに」
「忘れ物か。そそっかしいところのあるやつだな――」
皆さん、と物静かながらよく通る声が響く。
ステージの上に、モーデン副校長が現れていた。
「いやはや、遅れてしまって、申しわけありません」
む? 遅れていたのか。
そういえば、鐘はずいぶん前に鳴っていたかもしれない。
パルルにはしゃぐななどと言えた義理ではないな、俺も。
「A組、お集まりですね、えー、はい。今日は初の校外実戦授業で、見学者も数名いらっしゃいます」
俺たちのことだ。そう、あくまで見学。
みんな初めてなのだしな、おとなしくしているぞ。
「当校には、大司祭にのみ使用可能なスキル、<空間転移>の遠隔発動システムがございます。大規模な人数を縁魔界へ直接送りこむことができる、画期的な設備です」
「そんなものが……すばらしい」
「が。先ほど、血気盛んなごく数名の方々が、みなぎるやる気のままに先走られまして。すでに縁魔界に入ってしまわれました」
なるほど。
ファズマだな。間違いない。
「えー、改めてご説明いたしますが、本日の授業内容は『縁魔界の浄化』作戦。国家規模で推し進められている事業の、一端をお手伝いするということでございます。当然、危険もともないますので、必ず2人1組以上で行動してください」
縁魔界には、人間界よりも多様な種族が生きている。
比較的魔力比重の高い、魔族寄りの存在が多いということだな。
それらのどれもこれもが有害というわけではない……
が、無害なものばかりというわけではない。
どこかのダンジョンを伝って人間界に現れ、悪さをしない保証はない。
よって少しずつ、縁魔界を攻略し、可能と見れば大規模僧侶軍団を送りこんで、土地を浄化して人間界に組み入れようという作戦だ。
1説によれば、縁魔界こそ最も広く、大きな世界だという。
信憑性は低いと思うが、それでも気の長い話には違いない。
勇者学校にも、協力要請が来ているのだろう。
「転移スキルの出入り口は数日保ちますが、日暮れには必ず帰還してください。また今日の現場には、危険度C以上の敵は出現しませんが……万がいち、B以上の魔族や魔物を目撃した場合は、すぐさま帰還して連絡すること。よろしくお願いしますぞ」
「B程度ならば、じゅうぶん倒す自信はあるが?」
集団の中から上がった声に、モーデンは首を横に振った。
「お願いする理由はふたつあります。まずは、このクエストはあくまで授業であり、皆さんには勇者スキルを使って敵を倒していただかねばなりません。今回お渡しする仮免許に封じられているのは、<クリムゾンボム>のスキル……決して弱いスキルではありませんが、危険度Bを相手取るには力不足です」
<クリムゾンボム>……名の通り火炎系スキルか。
確かに、制度の関係上ひとつしかスキルを持ち込めない。
B以上でなくとも、火に強い敵に遭遇しただけで、まったく勝手が違ってくるな。
「もともとが戦闘ジョブの方であれば、本来の力で対抗できるかもしれませんが、そうでない学生もいます。ここは一律、B以上にて撤退、我々に報告をお願いいたします」
「承知した」
ふむ。さすがはA組。
作戦理解度も高いようだ。
「もうひとつの理由は、万がいちに備えてです。繰り返しになりますが、これは授業……しかしやはり、縁魔界の浄化という大規模国家作戦の一環でもあります。場所が縁魔界である以上、魔界からの侵入者がいつ何時さまよっているか知れません。もっとも、最後の遭遇事例とて何十年も前ですが……油断は禁物」
「何十年も前……?」
「ええ」
思わず呟いた俺の声を、モーデンは律儀に拾ってくれた。
「縁魔界にも特徴がございます。魔力濃度の高い場所、低い場所……我々人類は、じわじわと活動範囲を低きから高きへと移しているのですが、魔族の中でも特に強力な危険度AやSの敵は、長らく目撃されておりません」
「いわゆる魔王……」
「左様。そうと聞いて気をゆるめる方はまさかおられませんでしょうが、これは逆に、魔界に閉じこもって力をためている可能性が考えられます。今日赴きます場所は、とりたてて魔力濃度の高くない、ほぼほぼ安全な区域ではありますが……どうか、頭の片隅にとどめておいてください」
言外に、特にあなたがたは、とモーデンは言っているようだった。
当然だな。
特に俺はあくまでF組、今日は見学者にすぎない。
A組でも手こずるような魔族に出遭ってしまったら、ひとたまりもないだろう。
「とか考えてるんでしょうね、お師匠さま……」
「ん? なにか言ったか、パルル?」
「お師匠さまは、パルルが必ずやお守りいたします、と言ったんですう」
それは頼もしい限りだ。
仮にも弟子の足を引っ張るわけにはいかないが……、しかし、これはいい。
現在の人間と魔族の情勢を、肌で感じるひとつの機会になる。
やはり、なるべくレベルの高い授業を見学に来て、正解だったな。
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お読みくださり、ありがとうございます。
11/5は更新お休みをいただきます。
次は11/6、6時の更新です。
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