第46話



「あの紙束の下のほうには、戦局が煮詰まってからのことが書いてあるんだろうか」


 展示されている山をじっと見つめながら呟く。

 すなわち、イルケシスの勇者たちが壊滅し、領土が人間界でなくなる直前の……

 再び説明書きを読んでいたパルルが、いえ、と首を横に振った。


「戦争終盤の手紙は、やはり失われてしまっているようですう。ただ……」

「ただ?」

「最後の最後……魔王との決戦に臨む直前に書かれた手紙が、負傷兵によって持ち帰られたようです。あの、台の奥側にあるものが、たぶん……」


 パルルの示すほうへ目を向ける。

 確かにひとつだけ、ひどく汚れている手紙があるな。

 当時のまま、保存スキルをかけてあるのだろう……書いてあるのは、ほかと比べてずいぶん短い文章のようだ。


「やっと……『やっとわかった。何が行われていたのか』」

「お師匠さま?」

「そう書いてある。

『やっとわかった。何が行われていたのか』

『我らがなぜ、我らであったのか』

『伝えねばならないが、記す時間はもはやない』

『あの子らに伝わってくれ』

『我らは待っている』

 これが……最後の手紙?」


 どういう内容だ?

 家族に……イルケシス家にあてたものにしては、違和感がありすぎる。

 待っている?

 あの子ら、とは……なんだ?


「わかりませんね……」


 パルルも首をかしげている。


「よほど切羽詰まった状況で書かれたみたいですけど……」

「左様」

「うぉうッ!?」


 驚いてとびのくパルルの背後に、いつのまにか立っていた老人。

 モーデン副校長は、薄くなった頭をこりこりとかいた。


「失敬。声をかけようと思ったのですが、お邪魔になっては悪いかと……」

「け……結果的に、かけてもらえたほうがありがたかったですう。心臓止まるかと思った……」

「いやいや、申しわけありません。レジードさんがお気づきのようでしたので、つい」

「お師匠さま基準で考えちゃダメですう!」


 なにやらテンポよく不当な扱いを受けている気がする。

 しかしこの副校長も、どこにでも現れる御仁だな。


「2年聖戦は、その終盤、人類が築いた巨大な防衛結界の周辺で繰り広げられました。人間界の一部が奪われることもやむなしとし、代償に可能な限りの打撃を魔族に与えるべく……多くの実力者が、決死隊として結界の外側に残り、ぎりぎりまで戦ったのです」

「なんと……。まさかその結界は」

「お察しの通り。イルケシス〔勇〕家の領土が、拠点として定められました」


 そうか……

 そういうことだったのか。

 いくらなんでも、全滅とはどういうわけかと思っていたが。


「彼らは勇敢に戦い、最終決戦と目する戦いの前には、多くの将兵を結界の内側に逃がしてくれました。最後には、勇者に属する者たちだけで、多くの魔王を葬り……そして自分たちも倒れ、領土は魔界に呑まれた、ということです」

「それは……、そのことは、広く知られていることですか?」

「さて、どうでしょうか。ずいぶん昔のことになってしまいました。昔、このことの本も書きましたし、授業でも教えておりますが……歴史はどうも、人気がありませんでしてな」

「本を? それは……副校長殿?」

「……最後まで、イルケシスの勇者に仕えようとしたのは、少年兵でしてね」


 なつかしそうに手紙の束を眺めてから、モーデンはきびすを返した。


「自分も戦う、などと息巻く少年に、勇者ダドリーは最後の手紙を託すことで、結界の内側に帰らせました」

「ああ……」

「その少年の適性は魔法使いでしたが、当然のように勇者を志し、時代の因果で、老いた今でも勇者の手紙を管理していると。ま、そういうお話ですな」


 去ってゆくモーデンの背中を見、パルルがこちらに目配せする。

 言いたいことはわかるぞ。

 副校長になら、俺がイルケシスの血を引くことを明かしてもいいのでは? ……だろう。


 よそう。

 俺はここに、勇者免許の勉強をしに来ているだけだ。

 モーデンの思い出に介入して、妙な扱いを受けることになったら、それも本意ではない。

 しかし。


「感謝はしなければな」

「感謝?」

「意味はどうあれ、父は『待っている』らしいじゃないか」


 若き日のモーデンが手紙を持ち帰ってくれなければ、誰も知らないままだったはずだ。

 因果は巡る。ありがたいことだ。


「決めたぞ、パルル」

「はい! お師匠さま!」

「……なにをと聞いてくれ」

「なにをですかあ?」

「先の、オリエンテーション特典の使い道だ。パルルが特A組の授業を受けるとき、お邪魔させてもらおうかとも考えていたが……」

「そんなの、いつでもいっしょに受けたらいいですう!」

「無茶を言うな」


 いつだったか、確かに聞いたぞ。

 上のほうのクラスでは、実戦を想定した縁魔界での授業もある、と。

 目標に近づくことになるのか、それとも実は遠ざかることになるのか……それはわからないが。

 がぜん、楽しみになってきたじゃないか。



**********



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