第43話



 さらに数日後。

 俺たちは、装備を改めて学校に来ていた。

 装備と言っても、剣や弓矢じゃあない。

 ペンにインクに帳面、そしてやる気をもってやってきたのだ。


 なにしろ本日は……F組前期、初の授業日である。

 勇者免許への、ひいては真の勇者への道が、今日からはじまるのだ!


 と、思っていたのだが。


「すごい量の本……ではあるな」


 F組の教室に集合した俺たちは、ヴァルシス〔勇〕学園の敷地の反対側まで連れてこられた。

 教会を模したような建物の中に入ると、そこはいち面の本、本、本。

 群れをなす本が本棚におさめられ、その本棚がまた群れをなしている。


 図書講堂というらしい。

 すごいが……勇者の授業は?


「今日はここの利用方法を学びましょうねー」


 受け持ちの指導員が、にこにこ笑顔でそう言う。

 先日、E組で授業を行い、いざこざを華麗に(実力で)おさめていた女性だ。

 マーシュエという名であるらしい。

 F組の授業も、基本的には彼女が担当するということのようだ。


「図書講堂の利用方法を学ぶことが……勇者への道?」

「そうですよー。特にまあ、言っちゃなんですが、F組やE組にとってはすごく重要ですねー」

「そうなのですか?」

「本当に言っちゃなんなんですけど、F組って授業少ないじゃないですかー」


 まったくである。


「それは学園側のマンパワーの問題もあって、まことに申し訳ないんですけど。でもやっぱり、勇者についてもっとマジメに学びたい人とか、免許はおいといて少しでも力のある勇者になりたい人とか、ごく稀に存在するらしいじゃないですかーどこかに」

「どこかに」

「そういう人は、図書講堂で資料をあたるといいと思いますー。勇者に関する資料なら、大陸でも屈指の品揃えなんですよー」


 なんと。そういうことか……

 ……資料?

 まてよ。

 ならば、ここになら。


「マーシュエ指導員。古い資料もあるということですか?」

「もちろーん。だいたいは勇者免許制度ができてからの資料ですけど、大昔のもありますよー」

「イルケシス家に関するものなども?」

「おお~? よく勉強なさってますねえーレナードさん」

「レジードです」

「イルケシス家について、いちばん詳しいのは王宮の文献保管所だと思いますけど、それこそSクラス勇者免許でも持ってないと入れませんからねー。そこを除けば、ここがいちばん詳しいかもしれませんねー」


 それはすごい……!

 授業に関係なく、自分の意思で学べるということか。

 おまけに、イルケシスについても調べられるなら、何も文句はない。


 俺のステータスがなぜ、村人に見えるままなのか……

 その理由の一端でもつかめれば。


「自由に見て回れるんですかあ?」


 俺の斜め後ろにくっついているパルルの言葉に、マーシュエ指導員は何度もうなずいた。


「もちろんもちろんー。持ち出しは禁止ですけど、中で読むぶんには何も許可いりませんよー」

「なるほどー」

「真っ先にああなっちゃってる人もいますしー」

「うわあ」


 マーシュエが指さした先には、自由スペースのイスに陣取る銀色の影。

 山のように本を積み上げ、黙々と読みふけるアビエッテである。

 連れてこられたばかりだというのに、なんとも素早い……

 彼女は当然、ここも初めてではないのだろうな。


 いつものポーカーフェイスが、心なしかゆるんで幸せそうに見える。

 なんだかんだ、毎日登校している彼女だというのに……

 なぜ3年も、F組前期に居続けているのだろう?


「飲食は決められたスペースでのみ、そこには本は持ち込めませんー。あと展示品とかには、さわっちゃダメって書いてある物もあるんで、気をつけてくださいねー」

「はーいですう」

「ではあとはご自由に。わたしも本を読んでますので、できないこと・・・・・・があったら声かけてくださいー」


 うむ。

 やはりあっさり極まれり。

 A組の授業のような緊迫感を想像してペンだの何だの持ってきた事実がやや物悲しいが、今は考えないこととしよう。


 まずは、ええと……司書の免許で検索ができるんだったな。

 おおざっぱに区切られた各区画の入り口に、小さな台が置いてある。

 そこに向かうと、同じことを考えていたらしいシーキーと鉢合わせした。


「あっ、あ、っと……ど、どうぞ、レジードさん」

「かまわない。シーキーが先に使ったらどうだ」

「え、そ、そうですか? すみません……」


 ふむ。

 おどおどっぷりは相変わらずだが、つまり逆に、普段通りということか。

 ファズマの厳しい指導、成果のほどは疑問だが……やはりよそにはよそのやりかたがある、というわけだな。

 それにしても、珍しいタイプの主従関係であることだ。


「えっと……えっと……」

「それが司書免許だな」


 台の上に置いてある、薄緑色のアミュレットを指さす。

 盗難防止用にチェーンがついているが、この学園に集まるような者たちに対して、いかほどの意味があるのだろうか?


「免許をボードにかざせと言っていたな」

「は、はい……!」

「何をさがすんだ?」

「え、えっと……! <ブリングサーチ>、勇者王の凱旋……」


 アミュレットが点滅するように輝き、ゆらゆらと伸びた光の帯がシーキーの眉間に届いた。

 この建物に適応した免許のスキルで、目当ての本がどのあたりにあるかわかる。

 ジョブとしての司書が持っているような、何番目の棚の何段目にあるとか、作者別、タイトル別で把握するとか、そういった芸当まではできないとマーシュエが説明していた。

 頭の中に情報が入ったのだろう、ふんふんとうなずくシーキーの跳ねた髪の毛がぴこぴこ揺れる。


「次どうぞ、レジードさん」

「ありがとう。シーキーは英雄譚サーガが好きなのか?」

「あ、あ、はいっ。えへへ。何を読んでもいいと言われたので、つい……」

「いいんじゃないか」


 授業の雰囲気ではないと俺も思ったばかりだが、マーシュエ指導員は確か、Aランク勇者免許と、Aランク格闘士免許を所持している人物だ。

 セシエにいわく、軍隊に入れば大隊をまかせられても不思議ではない人材らしい。

 そのマーシュエがいいと言うのだから、今はせいいっぱい自由に本を読むことが大事なのだろう。


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