第42話



 おそらくだが、俺とファズマは、根っこの考え方がわりと似ているのだと思う。

 今も、パルルのガミガミたる剣幕に対し、彼が泰然自若と構えているわけが、俺にはなんとなくわかる。


「だからって! 人にはそれぞれ見合ったやりかたというものが!」

「そうだな。いや、わかっている」

「へ?」

「基本的には狂犬エルフの言う通りだ。おれは教えるのが苦手というか、下手だろうからな」

「はあ……」

「ここに来る前から、シーキーあれはいつもああだ」


 硬くなってしまっているだろう上等肉をぶちりと噛みちぎり、ファズマは笑うでもなく言った。


「すぐに失敗する。すぐに泣く。毎日毎日、飽きもせずだ」

「だったら……どうして、泣かないようにやってあげないんですかあ?」

「おれはこのやりかた以外知らん」

「ええぇ……?」

「叩き上げには見えないか? ふっ、おれも罪作りな男というわけだ。気品に溢れた上流階級の香り漂うイイ男が、実は血道をいとわない努力家だと知ったら、さしもの狂犬エルフもうっかり惚れざるをえまい」

「惚れるかボケ、エルフなめんなですう」

「貴様こそロンドーマ家をなめるなよ?」


 パルル、口が悪いぞ。

 いや俺もだいぶ面食らってはいるが。


 すごいなファズマ、何を言っているのかわからない。

 初対面のときから変なやつだったが、今はより積極的に変だぞ。これが地か。

 バリバリと肉を平らげるファズマに、ふむ、と小さくうなずく。


「スキルの火力をうまく調整する訓練か」

「その通りだ。毎日おれの昼飯を準備させている。毎日このざまだ」

「なるほど」

「勘違いしないでほしいんだが、おれは訓練を強制しているわけじゃないぞ」

「うん?」

「さっきも言ったように、弟子じゃあない。おれの身の回りを世話する使用人だ。別に学園までは来なくてもいいと言ったのに、自分で入学手続きまでとりおったわけだ。学費も自分の給金から出している」


 今の訓練も、勇者学校に入ったのも、シーキーの意思ということか。

 両目を細めたパルルが、ほんとにぃー? と全力で邪推している。


「じゃあどうして、シーキーちゃんはあんなに言われてもがんばってるんですう?」

「知らん。聞いたこともない」

「アンタさっきから冷たすぎないですかあ!?」

「おれはただ、おれのやりかたでいいなら修行をつけてやる、と言っただけだ。ほかに師を作りたいなら、まったく構わない。もともとの仕事である傍仕えさえしっかりしてくれればいい。アレは普通のたき火でも肉を焦がすが」

「そのアレとかコレとか言うのやめろですう!」

「貴様が教えるか?」

「へっ?」

「貴様が面倒を見たいなら、一向にかまわんぞ。レジードの弟子の弟子というわけだな」


 おいおい。

 冗談は……などと俺が口を挟むいとまもなく。


「名案ですう!! なんだ、まともな知恵も出せるんじゃないですかあ!」

「はっはっはっ。もう一度言うが、ロンドーマをなめるなよ」

「さっそくシーキーちゃんに言ってくるですう!」


 水を汲みに行ったシーキーのあとを追い、パルルはたちまち中庭を駆けていった。

 あの行動力そのものは、本当に賞賛に値するんだがな。


「おもしろい弟子を抱えているじゃないか」


 スープを飲み干し、水筒をその場に残して、ファズマは立ち上がった。


「しかし貴様、実際の話、大丈夫か? Fとはな?」

「うむ。くやしい限りだ」

「もらえてもFクラス免許となると、勇者スキルとて大したものは刻めん。魔族を相手にしたときの戦い方を、独自に考えていかねばならんことになるぞ」


 うむ。さすがAクラス槍兵、やはりファズマはただ者ではないな。

 他人の状況をも正しく把握し、たちどころに自分なりの答えを導き出している。

 それに……。


「あがけるだけあがいてみるさ。幸い、時間に余裕はある学校のようだからな」

「そうか。困ったら、滝でも見つけることだな」

「ああ。見つけたら教えよう」

「それはありがたい」


 石畳をまるで赤絨毯のように、ファズマは堂々と歩み去っていった。

 普段からああならば……確かに、シーキーの苦労も推して知るべしだが。


「おお。戻ってきたか」


 革袋に水を入れて戻ってきたシーキーに、ファズマが去った方向を教えてやる。

 慌てて追おうとする彼女を、俺は呼び止めた。


「シーキーの主とはファズマだったんだな。さっきまで知らなかったよ」

「え、ええ……わたしも、ご主人様とお知り合いだなんて、知りませんでした。すみません……」

「謝る必要はないが……ずいぶん絞られてしまっていたな。平気か?」

「あ、は、はい! 平気です!」


 思ったよりも、しっかりした答え。

 無理しているわけではなさそうだな……?


「長い付き合いなのか、ファズマとは」

「どう……でしょうか。拾っていただいてからは、もうずいぶんになりますけど……」

「拾って?」

「あ、はい。わたし、ファズマ様の御家に拾っていただいたんです。ご恩返しをしたいんですけど、なかなかお役に立てなくて……それどころか、ファズマ様にはご迷惑ばかりを」

「そんなことはないと思うが」

「いいんです。あ、わ、わたし、ご主人様を追いかけなくちゃ……!」


 ファズマの食べたあとをわたわたと片付け、シーキーはまた走っていった。

 入れかわりに……というより、様子をうかがっていたのだろう。

 とぼとぼと、パルルが戻ってくる。


「ただいまですう……」

「おかえり。思うようにはいかなかったようだな、パルル」

「うー……」

「シーキーはなんと?」

「あわあわしながら、おろおろしながら、きっぱりはっきり断られてしまったですう」

「だろうな」

「やはり、パルルが他人様になにかしら教えようだなんて、おこがましいですよね……」


 元教祖がなにを言うのか。

 それに、シーキーについては、おそらく根本的な向き合い方が違うのだ。


「パルルは、ファズマが嫌いか?」

「でぇっっっきれぇですう! お師匠さま、あんなのの近くに行っちゃダメです! なんか変なビョーキもらっちゃうですう!」

「そこまで」

「あんなえらそーなのに善人はいないですう。なんてゆーか、中央の競争激しいところに住んでるわけでもない、田舎の土地で威張り散らしてる地方貴族の波動を感じたです」

「言うものだな……」


 間違っていない部分もあるであります、とセシエが近づいてきた。

 律儀にやりとりを見守ってくれていたらしい。

 校務員にしておくには優秀すぎるのではないか……当たり前だが。


「あの男、ロンドーマ公爵の第3子でありますね。武人の輩出で有名な貴族であります」

「えーっ!? ほんとに貴族……!? 本物!? モノホン!?」

「モノホンであります。ですので、パルちゃんが怒る気持ちもわかりますが、シーキー殿が従順な理由も、これまたよくわかるでありますよ」

「え、どうしてえ……? まあ、わたしにも聞こえてましたけど。拾ってもらったからって、なにもあんなに言われて黙ってなくても……」


 どうかな、と俺は口を挟んだ。


「俺とて、貴族という種類の人間に、大して詳しいわけじゃないが……さっきのファズマは、態度そのものの是非はともかく、貴族らしくはなかったんじゃないか?」

「貴族らしく……? ああ~、うーん? 言われてみれば……ハラタツはハラタツですけど……」

「本当に性根の腐った貴族は、下の身分の者に向き合うことなどしない。怒ったりもしない。話しかけることもない。そのへんを飛ぶ羽虫と同じように見ている」


 確かに……、とパルルがくちびるを尖らせる。

 俺の言いたいことはわかったようだが、それはそれとして不服なのだろう。


 いいんじゃないか、それで。

 感情を変えろとまでは言わないし、ああいう現場を見たらパルルは黙っていないだろう。昔からそういうやつだ。

 しかしな。

 あれほど豪快に火力調整を失敗して、黒焦げになってしまった肉……

 それに、口の中を火傷するほど熱すぎるスープも。

 ファズマはぜんぶ、平らげていったんだがな。


「不思議なコンビだったな」

「たぶん、あっちはあっちで、同じこと言ってると思うであります」


 そうか?

 パルルが狂犬とは言い得て妙だが、俺はそんなことないというのに。


「おしょさま、なんかわたしに失礼なこと、考えてませんかあ?」

「……狂犬エルフにはテレパシースキルもあるのか」

「なんですう?」

「なんでもないとも」



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


本日から、投稿時間とペースが変化します(詳しくは活動報告にて)


次は11/2、20時の更新です。

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