第41話



 俺たちが陣取っていたベンチの後ろに、清水の流れる立派な大岩がある。

 見上げるほどの岩のてっぺんに水の妖精の棲処を作り、中庭の涼と景観をまかなっているらしい。なんとも風柳なことだ。


 その大岩を挟んで、反対側。

 同じく設置されたベンチに、男が1人座っていた。

 背もたれに体重をあずけ、目の前に立つ少女を見上げて……

 いや。にらみつけている。


「あれ? シーキーちゃん……?」


 俺と同じく、岩陰から覗きこんだパルルが呟いた。

 うむ。ベンチの前に立っているのは、F組のシーキーで間違いない。

 手に持っているのは……水筒と、網入りの骨付き肉? ずいぶん豪勢な弁当だな。

 そのわりに、シーキーは弱りきった表情で、おろおろしている様子だが。


「さっさとしないか! 腹が減ったぞ!」

「は、はいっ……!」


 ベンチに座った男の怒声に、シーキーが身をすくませる。

 しばらく、あたふたともたついたあと、水筒のほうをとりあえず地面に置いて……

 眉間にしわを寄せ、なにごとか唱えた。


 彼女の持つ肉の真下に、スキルの火炎が渦を巻く。

 昼食の肉をあぶろうとしているのか。

 俺たちのほうまで、脂の焼けるいい香りが漂って……

 きたのは一瞬だけで。


「むん? 火が強すぎでありますよ……?」


 サンドイッチの残りを食べながら言うセシエの言葉通り。

 シーキーの持つ肉は、たちまち真っ黒く焦げていった。

 火の勢いが、強いというより安定していない。


 懸命にコントロールしようとしているようだが、そもそも短時間で行うのに向かない作業だ。

 見たところ、かなり上等の肉……扱いも難しい。

 やがて、今にも泣き出しそうな顔で、シーキーがスキルを消した。


「あ……あ、の……」

「よこせ」

「あっ……!」


 シーキーの手から肉をとり、男がそれにかぶりつく。

 じゃり、という音が俺にまで聞こえてきた。


「……ふん。外側はほぼ炭だな。それでいて、中まで火は通っていない。逆に大したものだ」

「ご、ごめんなさい……!」

「申しわけありません、だ!」

「も、も、申しわけありません! ご主人様……!」


 むむむう、とパルルが不愉快げにうなった。


「なんですかアイツはあ。うちのかわいいシーキーちゃんを泣かして……!」

「いつからおまえのになったんだ」

「F組のって意味ですう!」

「パルルは特A組だろう」

「お師匠さまあ~。んもう~お師匠さま、お師匠さまあ~」


 どうした急に。主張したいことがわからん。


「スープ!」

「は、はいっ」


 男の差し出したコップに、シーキーが水筒の中身をそそぐ。

 ここから見ても、だいぶやばいタイプの湯気がたちのぼっていたが……

 男はそれを、ぐいとあおった。


「ッ……! ぐ、ふっ……!」

「あ、ああっ……!」

「く、ひの……口の中を、やけどした! 回復スキルで治せ」

「は、はい、すぐっ……! え、えっと、えっと……!」

「早くしろ! 痛みがまったくおさまらんぞ!」

「す、すぐにっ……!」


 もうぉーッ! という吠え声がとなりから聞こえたと思ったら、すでにパルルが飛び出していた。


「ガマンならねえですう!! やいやいやいやーい!!」

「む!? なんだ貴様は?」

「黙って見てりゃあ、えらそーにえらそーに! シーキーちゃんをあごで使って、何のつもりですかあ!?」

「だから貴様はなんだと聞いている!」

「シーキーちゃんの同級生ですう!」


 あくまでF仲間で通す気か。

 まあ……しかたないな。


「セシエは待っていてくれ。立場上、厄介かもしれない」

「自分は学生ではないでありますからね。昼ごはんここを片付けておくであります」


 がるるる、とうなっているパルルのとなりに立ち、俺は目線を下げた。


「すまないな。盗み聞きするつもりはなかったんだが」

「むん……? おお、貴様は!」

「覚えていてくれたか」

「無論だ! レジードだったな、入学式以来か!」


 はっはっはっ、とその男、ファズマは快活に笑った。

 口の中をケガしているとは思えないほど自然な振る舞いだ。

 実際には、俺はパルルとA組の授業を覗いていたので、入学式以来ではないのだが。


「聞いているぞ! 貴様、クラス分け試験でF組だったそうだな」

「知っていたか。その通りだ」

「うむ。気にすることはない、才能とはそういう、無責任なものだ。腐らず、できることをできる限りやるのが肝心だからな。修行は?」

「そっちも、とんとご無沙汰だな」

「そうか! おれもだ! 都会にはいい滝がないよなあ!」


 またしても、いい笑顔で笑ってくれるが……

 ファズマの正面には、目に涙を浮かべたシーキーが、ずっと立ち尽くしている。

 いったい、どういう状況なんだ……?


「おうおうおう! お師匠さまになれなれしくしてんじゃねーですよオラア!」

「む、そうだった。いったい何なんだ、この狂犬は?」

「エルフに向かって狂犬とは!? 我が名はパルルですう! レジードお師匠さまの1番弟子ですよ!」

「なんと、弟子がいたのか。はっはっはっ、活きが良すぎるが、なるほど使えそうだ! うちの……」


 瞬間、ファズマの眼光が鋭さを増し、シーキーに向けられる。


「使えないコレにも、見習ってほしいものだ。口の悪さ以外な」

「え。じゃあ……?」

「弟子ではないぞ。ただの傍仕そばづかえだ。使ってほしいというから使ってやっているが、見てたならわかるだろう」

「シーキーちゃん……?」


 うう、と小さくうめいて、シーキーが顔を伏せた。

 そのまま数秒。

 俺がなにか言うべきか、と思ったのだが、


「言い訳をせんかッ!!」


 さらなるファズマの怒声が、シーキーを再び縮こまらせた。


「貴様の無様な所業を言い訳しろ! でなければ彼らにはわからんだろう!」

「は……い……!」

「思い出したか!? 普段から言っているな、言い訳するな・・・と! 情けないからだ! だが情けない姿のほうがまだマシという場合もある! そのときは覚悟して言い訳しろ!」

「はい……!」

「覚えたか!?」

「はい!」

「よし」


 再び焦げた肉にかじりつくファズマに、さすがのパルルもうろたえたようだった。

 ふむ……


「ファズマ。シーキーは、俺の同級生でもあるが……?」

「そうだったな。迷惑をかけるだろう、いやすでにかけているか? すまんな」

「いいや、とんでもないことだ。……シーキー、水は? 汲んできてやったらどうだ?」


 はい! と俺にまでファズマに対するように答えて、シーキーは慌ただしく走っていった。

 熱々のスープにはやはり苦戦しつつ、ファズマが小さく鼻を鳴らす。


「これからしばしばこういう場面を見るかもしれんが、気にしないでくれ。アレの成長は、火山ナメクジファイアスラッグが這うよりも遅い」

「厳しくしているようだな?」

「バカを言え。真の勇者の修行に比べれば、さっきのことも、この学校の授業も、どうということはない。そうだろう?」

「ふむ……?」

「おい、その狂犬エルフ、貴様の弟子ということはジョブは村人か? 寡聞にして知らんのだが、村人に弟子とかあるものなのか?」

「ないんじゃないか?」

「そうなのか。ん? どゆこと?」


 ひどいですお師匠さま!? とパルルに嘆かれるが、今のやりとり以外に説明のしようもないだろう。

 思いのほかマヌケな顔できょとんとしているファズマが、妙におもしろいが。


「とにかく! あんなのはひどいですう!!」


 改めて、パルルがファズマの前で両腕を組む。

 よほどシーキーがかわいそうらしいが……さて。


「何を修行させてたのか知りませんけど! もっとやさしくしてあげなきゃダメですう!」

「ほう。貴様の師はやさしいのか?」

「そりゃもう!」

「たとえば?」

「たとえば! ……えー……たとえば。大主魔猪グレート・ボア……を相手に、1人で戦わされたり」

「ほう」

大主魔猪グレート・ボア……の群れ、を相手に、1人で戦わされたり」

「うむ」

「吸血コウモリしかいない洞窟の奥に1週間放置されたり」

「はは」

「笑いおった!? ぉぬれえええええ笑うとはなんですかあ! こちとら必死だったんですからね!」

「結構。修行とはそういうものだ」

「うっ、し、しまった……!?」


 ずいぶん懐かしい話をしているな、パルルも。

 まあ、やさしくはなかったかもしれないが……そこまでか?

 今の俺たちの血となり肉となっているなら、それでいいじゃあないか。



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お読みくださり、ありがとうございます。


明日より投稿時間とペースが変わります(詳しくは活動報告にて)


次は11/2、7時の更新です。

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