第39話



 モーデン副校長による、思わぬオリエンテーション学習から、数日が経っていた。


 王都は、この国いちばんの都会であると同時に、最大の商業都市でもある。

 田舎のギルドにあるような狩猟や、採集の案件などはないが、かわりに荷運びの案件がびっくりするほど大量にある。


 俺とパルルは、授業がない時間を利用し、日銭を稼いで節約していた。

 セシエの厚意に甘えっぱなしでいるわけにもいかないのでな。

 それでも俺1人でよかったのだが、パルルもどうしてもやると言ってきかなかった。


 まあ実際、パルルはハイエルフながら、体力8888を誇る。

 1流の冒険者パーティで、盾役がつとまるほどの数値だ。

 息切れもしない働きぶりに、たちまち現場で人気者になってしまった。

 邪教団時代にも似たようなことをしていれば、案外カリスマ化していたのではなかろうか?

 そんなことをしつつ、


「いただきます」


 俺とパルルは、今日もヴァルシス〔勇〕学園に来ていた。

 昼飯の弁当を食べるためだ。

 今日の仕事は午前中で片付いたので、別にどこで食べてもいいのだが……

 自然豊かでほこりっぽくなく、ところどころにベンチもあるこの学園の環境は、公園がわりとしてたいへんすばらしい。


 あと、まあ……

 F組がこうまで無授業なことが予想外だったらしく、「どえらいさびしいであります!」とわめくセシエを慰めに、という面もある。

 自分でアルバイトに志願しておきながら、あべこべなものだ。


 と、苦笑いしていたのだが。


「もちろん、レジード殿とパルちゃんにお付き合いしたいだけで、この学園に来たわけではないであります」


 食事する学生たちの姿も散見される、中庭のやや端のほうのベンチ。

 大きなサンドイッチを頬張りながら、エプロン姿のセシエがきりっと眉を引き締めた。


「イルケシス家のお話なども聞いて、自分も現行の勇者免許制度に違和感を持ったであります。あとを絶たない勇者もどきどもの弊害もありますですし」

「ふむ」

「授業内容等、隠し立てされているわけではないとはいえ、自らの目でその実態を知るのが、まずはいちばんではないかと。そう考えた次第でありますよ」


 なかなかにデリケートな話題だが……

 そういう場合こそ、人がいなくて静かすぎる場所より、適度ににぎやかなところで話したほうが、かえって気にされづらい。

 とはいうものの、セシエもやはり、常日頃から大胆な性格だな。


「学園の目的はシンプルですよねえ。お師匠さま、スープどうぞ」

「ありがとう」


 村人スキルで炎を操り、器用にスープを温めてくれたパルルが、自分のぶんにちびりと口をつける。


「細かいことにこだわって、いざ対魔界の戦力が足りなくなったらどーすんの、的な意思をあちこちに感じますう」

「左様でありますな。もっとも、それはこの学園に限らず、国家の上のほうだって同じであります」

「そいじゃあ、もし学園が悪いことやってても、ほぼ黙認状態?」

「……来る者拒まずとはいえ、さすがにいささか勇者免許を乱発しすぎではないか、とは誰もが思っていることでありますよ」

「! 真勇教、復活させますう!?」

「それはダメであります」


 おのれぇー! と楽しげに呪詛を発したパルルが、セシエのサンドイッチにかぶりつく。

 学園の女学生より仲がいいな。


まーまみまみまーたしかにもみみょーみゃまおおししょーさまのひへんもまみーしけんおかしーめむもっめですもんね

「パルル、飲みこんでからしゃべりなさい。あれはもういいと言ったろう?」

「よくないですう! 絶対なにかありますもん! 絶対!」

「まあ……もういい、というのは少し言い方が違うかもしれん。しかし、学園の試験と俺、低数値の原因がどちらにありそうかといえば、それは俺じゃないか?」

「じゃないですう!」


 即答か。

 少しはためらってくれ。これはこれで俺の立場がない。


「とはいえレジード殿、自分もその件、気になっていたであります」

「セシエまで」

「学園のあちこちを掃除するかたわら、独自に調査してみたであります」

「調査?」

「学園のクラス分け試験で、ひと桁のスコアを出した学生は、過去にただ2人のみ」


 どこを掃除したら、片手間にそんな調査ができるんだ?


「うち1人がレジード殿であります。勇者スキルに対する適応度が、体力や魔力、他ジョブのスキルレベル等に影響されないといっても、さすがに妙だと自分も思うであります」

「そんなことはないだろう? これこそ、運否天賦の問題じゃないか」

「左様であります。であればこそ、解せなくなってくるのであります」

「む……?」

「これは決して、自分のひいき目、買いかぶりなどではないと確信して言うのでありますが……」


 ちらりと、どうしてか一瞬パルルに視線を流してから、セシエは続けた。


「レジード殿は、『世界の運ワールドラック理論』をご存じでありますか?」

「ワールドラック? いや、初耳だ」

「では、ひとつの事実を……事実かつ、重要なヒミツをお教えするであります。勇者に免許制度ができ、この勇者学校が設立されてから、様々な立場・経歴の学生が学んでいるという話は耳にされたかと思いますが」

「ああ。入学式でも、モーデン副校長からも聞いた」

「しかし、たとえばSランク戦闘ジョブの中でも、ひとにぎり中のひとつまみの大物……国家魔法使いや、聖騎士団長などの超大物は、誰も勇者免許を所持していないのであります」


 ……そうなのか?


「それは……妙な話だな」


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