第38話



 セシエが両目をぱちぱちしている。

 俺もきっと、似たような表情だろう。


 パルルが特A組。

 聞き間違いではないはずだ。

 言ったモーデンも、実に自然な笑顔で、しかし少しだけ小首をかしげている。


「そういえば、なぜ貴女がF組の教室に……? オリエンテーションにご参加、というわけでもないようでしたが?」

「え、なぜって。パルルはお師匠さまの弟子ですから」

「弟子……?」

「おそばに控えるのは当然のことですう!」

「確かに特Aは固定授業もありませんし、問題があるわけではないですが。しかしご登校なさったのなら、授業を――」

「特Aとか知りますぇん」

「や、それはまた」

「あんな試験、意味なんてないですぅ」


 いつのまにやら、パルルは仏頂面だった。

 声にも不機嫌さがにじみ出ているが、顔にはもっとあからさまだ。


 普段の美少女ぶりがうそのよう……

 というか、美人は怒っても美人と聞いたことがあるが、パルルに関しては当てはまらないらしい。

 くちびるをひん曲げて鼻をふくらませ、まるで腹を空かせたレッドドラゴンがすね散らかしているかのようだ。


「ほかの人にとってはどうだか知りませんけどぉ、パルルにとっちゃ無意味なんですぅー」

「そう言われましても……不服なのですか? すばらしい試験結果だったじゃあありませんか」

「不服ですぅー。欠陥試験ですぅー。魔法陣のほうだか仮免許のほうだか、ちゃんと調べたほうがいいですぅー」

「そういたしましょう。しかし、昨日に試験を受けられたときには、ずいぶんおよろこびになっていたような……?」

「気のせいですぅー! パルルはもう忘れましたぁー」

「さ、左様ですか……」


 こら、とさすがに口を挟む。

 そんな口をきける立場でも相手でもないだろう。


「いいかげんにしなさい、パルル。態度が悪すぎるぞ」

「……だってぇ」


 珍しく、パルルがくちびるを尖らせた。


「あんなのはおかしいですもん。わたしの数値がどうとかじゃなくて、わたしが高いならお師匠さまはもっと高くて当然ですもん!」

「それはおまえが決めることじゃない。なにより、今のおまえはハイエルフなんだぞ? 何の不思議もないじゃないか」

「それだってお師匠さまが……!」

「だいたいな、そういうのは俺のセリフなんだ。弟子に負けているなど情けない、もっとがんばらねば、と俺が言う前にそういうことを言われては、セリフがなくなってしまうだろう」

「う……お、お師匠さまあ」

「ほら、早く特A組の授業へ行って……ああいや、授業はない? と、さっき言っておられましたか、副校長殿?」


 いかにも、とモーデンがうなずく。


「正確には、固定の集団授業というものがなく、すべて個人指導なのです。専門の指導者が常に待機しており、学生はいつ登校してもかまいません。文字通り特別扱いですが、本当はすべての学生に同じことをしたいのですよ」

「なるほど」

「学校側の人員不足で、なんとも歯がゆいばかりですが。特Aの方々はさすがに、要職に就いてらっしゃるたいへんご多忙かつご高齢の学生が多いものですからな。パルルさんは、少々変わり種です」


 高齢という面では、パルルも例外にはならんと思うが。

 しかし、そうか。

 そうだったのか。


「改めて、すごいじゃないかパルル。A組よりも上とはな。俺はうれしいぞ」

「う……。お、お師匠さま。すみませえん……」

「なにを謝る? 浮かれてしまってでもいたのか?」

「そ、そんな! そんなことは」

「わかっている。高い数字が出たくらいで浮つくおまえじゃない、そうだろう?」

「! は……はい!」

「俺も同じだ。必ず俺も勇者になるから、心配することは何もない」

「ふえええ、お師匠さまあ!」


 やれやれ。やっと元通り笑ったか。同時に泣いてもいるようだが。

 手がかかるところは、ハイエルフになっても変わらないな。

 まったく……、と。


 パルルのほうはいいとして、なにやら……

 教室の空気が、おかしい気がするが?

 今のやりとりが心の何に触れたのか、ハンカチ片手にもらい泣きしているシーキーは置いておくとして。


 まばたきもせず、こちらを見つめるモーデンと……

 そして、なんだ?

 アビエッテも、俺をじっと見て……?


「転生者か」


 ……!

 アビエッテ……今、なんと言った?

 俺のことを言ったのか?


 見つめ返す俺に、アビエッテは相変わらずとろんとした両目を、何度かまたたかせて……

 あ、と呟いた。


「ヒミツ? にしてた?」

「え……あ、ああ……いや。今なんと……?」

「ふつう気づく。そのハイエルフ、しゃべりすぎ」

「ぬう」


 左様ですな、とモーデンも苦笑している。

 彼にまで悟られてしまったのか? なぜだ……?


「ハイエルフ、それも宗教組織でリーダーをつとめられたほどのパルルさんが、見た目に年若いレジードさんを師と呼ぶ……」

「! そんな経歴まで、すでに把握を……」

「しかも、昨日今日の間柄ではないご様子。エルフは長命ゆえ納得もできますが、レジードさんは……。なんらかの要因で転生なさった方、という推測は成り立ちますな。極めて稀な存在ではありますが」

「俺は……」


 言葉に困ってしまった。

 転生を経ていることを伏せてきたのは、パルルやセシエと相談してのことではない。

 俺の独断だ。パルルもセシエも、きっと薄々察して合わせてくれていたのだろうが、甘えてしまっていたな。


 転生前のことを……

 イルケシス〔勇〕家のことを、話さねばならなくなるような。


 なんとなく、そんなふうに思えて、気が重かったのだ。

 そもそも、村人の転生者など、滅多にいない。

 転生宝珠など、めったなことで手に入るシロモノではないのだ。

 気にならないはずがないな……


「ま、お気になさらず」


 ……む?

 モーデン副校長……?


「ご存じでしょうが、当校には様々な学生が在籍しておられます。ジョブ、身分ももちろんですが、特別な事情を抱えてらっしゃる方も珍しくありません」


 それは確かに。

 俺が言うのもなんだが、得体の知れない者ばかりだ。


「我々の目的はただひとつ。対魔界のための戦力を増強すること。この学校はそれ以外、なにも、なにひとついたしません」

「それもまた極端ですが……」

「しかし、アビエッテさんのおっしゃるように、今のままですと気づく方も少なくないでしょう。転生を内密にしておきたいならば、対策なさるがよろしいですな」

「口外しないでいただけるんですか?」

「もちろん。私はお約束いたしますし、アビエッテさんもそうでしょう。すでにこうなっておられますし」


 見ると、アビエッテは机に突っ伏して寝ていた。

 このタイミングでか。「マジかこの女」とはパルルの言だが。

 繰り返し、まったく得体が知れない。


「えっ……? て、転生? え? え?」


 そしてきみは今驚くのか、シーキー。

 こっちはこっちで得体が知れないな。

 ……ともあれ。


「感謝します……」

「オリエンテーションの特典も、どうぞお受け取り下さい。レジードさん」

「はい」


 気づかないうちに、胸のどこかにつかえていたなにかが、すっと取れたような心地だ。

 これは人一倍、がんばって学ばねばならないな。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。



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