第35話
「まず、第1問です」
ぴ、とモーデンが人差し指を立てる。
その指のすぐそばを、ボードが1枚通過していった……仮免許のスキルを使うにしても、モーデンに当てないようにしなければならないな。
いや、そんな心配は必要ないのか?
どのボードでもいいから、当てれば回答権と言っていた。手近な物を狙うのが、まずは正解か。
「魔界には、どのような生き物が住んでいるでしょうか?」
「<リカーニードル>」
はやい。
真っ先にアビエッテが放ったスキル――青の燐光に縁取られた白い光の矢が、ボードのひとつを直撃した。
これはこれは、とモーデンが笑った。
「お見事な腕前ですな、アビエッテさん。まずは、ボードに書いてある言葉をお読みください?」
「うん。『チキンソテーのレモンソースがけ』」
「結構。正解と思われますかな?」
「違うと思う」
それはそうだろうな。
むしろ、それが正解になる問題というのはどんなだ?
少しばかり興味があるぞ。
「では、正しい答えは、なんでしょう?」
「しらない」
「やはりですか」
やはりなのか?
どうなんだそれは。
俺のとなりでパルルもずっこけているが。
「前々から思っておりましたが、アビエッテさんはこのオリエンテーションがお好きで?」
「うん」
「それはなにより。……問題うんぬんではなく、勇者スキルでボードを狙うのがお好きで?」
「うん。たのしい」
なんだそれは。
おとなびた見た目に反して、なんとも無邪気なものだな、アビエッテは。
やれやれと肩をすくめたモーデンが、両手を広げて続行を示す。
あっあっ、と妙に慌てた様子で、シーキーが仮免許を構えた。
「り、<リカーニードル>!」
放ったスキルは、ボードの枠にかろうじて当たった。
「おやおや、もっと落ち着いて撃っていいんですよ? 試験などではなく、イベントですからね」
「は、はいっ。すみません……!」
「では、ボードに書かれているのは?」
「あ……ま、『魔力偏重型生物』、です」
「左様。正解です。魔力偏重型生物、すなわち魔族、ですな。魔界はやつらが支配しております」
当たり前ですう、とパルルが呟くが、まあそう言うな。
俺にとっては、けっこうありがたいクイズだ。
転生している100年の間に、人間界がこれほど変わっている……
魔界についての俺の知識も、到底信用できたものではないからな。いい確認になる。
「では、次の問題に参りましょう。レジードさんも、遠慮なくご参加ください」
「はい」
無論。
俺がいちばん張り切らなくてなんとする。
間違えたとてかまうものか、いいや、今間違えておくことこそ肝要。
仮免許も、両手でしっかり構えるぞ。
「魔族と、魔物との違いは、何でしょうか?」
!
これならばわかる。
正解のボードは、どこに……、
アレだ。
「<リカーニードル>!」
スキルを発動させる一瞬、脳裏を組分け試験のことがよぎった。
あのときのように、スキルそのものに苦戦してしまったら、どうするか。
けれど、
「おおっ……」
そんな心配は杞憂だった。
俺の手にした仮免許から、光り輝く矢が現れる。
狙い済ましたボードに向かって、尾を引きながら飛んでゆく。
ゆっくりと。
ゆっくり……
……本当に、えらくゆっくりと。
1秒間に、ほんの10センチほども進んでいないのではなかろうか。
これは……いったい……?
「ほ……う……?」
さすがのモーデンも言葉を失っている。
楽しくボードを狙い撃とうとしていたアビエッテすら、手を止めて俺に注目しているようだ。
うむ。
不本意。
「お……、お師匠さまのスキル、がんばれっ!」
なんと。
ここでまさかの応援に出るか、パルル。
強い子だ。
ある意味、俺などよりよほど強い子だ。
「いけえーっ! がんばれーっ! 当たれーっ!」
「が……がんばれーであります! 飛んでけーであります!」
「お師匠さまのスキル、ゴーゴー! 負けるなーっ!」
「ファイトーであります! ほら、あなたも応援するであります!」
セシエ、恥ずかしいなら無理するな。
罪もないシーキーを巻きこむのもよしなさい。
ものすごく困られてるだろう。ものすごく。
2人のやけくそな後押しを受けてか、俺のスキルはそれでも前進を続け……
当然、狙ったポイントをとっくの昔に通りすぎていた正解ボードを、堂々と外れて……
何の関係もないボードを、たまたまの偶然、直撃した。
「お見事!」
おやめくださいモーデン副校長殿。
騎士の、いいや魔法使いの情けでござる。
「どうしたことでしょうかね? レジードさんの仮免許に不備があったのかもしれません」
「いえ……俺の適応度の低さが原因かと。お騒がせしまして……」
「ふむう、いやはや……ともあれ、当たったことは当たった。ボードのお答えは?」
「はい。『3丁目の悪魔オーケスさん』」
「正解だとは?」
「違うかと」
だからこれが正解になる問題とは何なのだ。
「では、レジードさんの回答をどうぞ」
「は……、ひとことで言うなら、存在に必要な魔力の量、でしょうか」
「すばらしい、正解です。詳しい解説もいただけますかな?」
やれと言われれば、いたしかたあるまい。
時代遅れと言われるならば、ここだが。
「魔族とは、先ほどの答えにもあった通り、魔力に偏った存在です。大量の魔力がなければ生きられず、ゆえに、常に魔力で満ち満ちているという魔界に引っこんで生きています。魔王やデーモンロードはもちろん、リッチやヴァンパイアなどの不死者、スケルトンやサキュバスなども魔族です」
「ええ、ええ」
「対して魔物とは、人間よりは多くの魔力を必要とするものの、魔族よりはずいぶん少なくてすむ生き物。魔界でも生きられるし、人間界にもたくさんいる……コボルドやゴブリン、ミノタウロスやドラゴンなどがそれにあたります」
「かつては、人間と魔物の関係は円満で、ほとんどの種族が人間界に移り住んだ時期もあったようですな。今ではまた、魔界と人間界で半々といったところですが」
なんと。そうだったのか。
俺はその時期をまるで知らないな。
だが、俺が生まれるより、もっと前……人間とエルフも、住処を分けていたと聞いた。
それを思えば、不思議な話ではない。
というか、今の例には含まれていなかったが、エルフもドワーフも魔物の一派じゃないか。
身近すぎる存在だと、盲点にもなりうるな。
やはり勉強になった。
「レジードさん、お見事な解説でした」
おまけにほめられるとは、恐縮だ。
俺はモーデンに、小さく頭を下げた。
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