第33話
カツコツと、かたい靴底の音を響かせて、副校長が教室に入ってくる。
そのまま教壇にのぼり、柔和な笑みをにこりと深めた。
「おはようございます、F組前期の皆さん」
「おはようございますう」
なにはなくとも愛想の良いパルルが、まったく自然に挨拶を返す。
彼女は入学式にいなかったはずだが、その後会ったのだろうか?
俺もぺこりと頭を下げ、いつでもどこかしら慌てている様子のシーキーが続いた。
「私のボケがまだならば、今日のF組は授業がなかったかと思いますが……」
「ええ。ありません」
「さらに私のボケがまだまだ遠ければ、F組前期の現在校生は皆さんでおそろいだったかと思いますが」
「そのようです」
「はっはっはっ、これはこれは。皆さん熱心で、感心なことですな」
熱心。そうなのだろうか。
俺とパルルは散歩も同然の理由で、シーキーは主人とやらの付き添い。アビエッテは理解不能。
まさに『F』たる存在感、といったところかと思うが。
「ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、私は指導員のモーデンです。副校長もやっております」
「知ってますぅ、副校長先生」
「ああいえいえ、先生はけっこうですよ。ここはいわゆる幼年学校などと違いますから。学生の皆さんのほうをこそ、先生と呼びたくなるときがままあるくらいです」
「はあ」
「どうぞお気軽に、モーデン指導員とお呼びください」
その呼び方のほうがエネルギーを使いそうだが。
ともあれ、パルルはこくこくと納得し、
「それでモーデン先生ぇ」
速やかに忘却したようだった。
そういうところだぞ。昔っから。
「モーデン先生はあ、どうしてF組に? それこそ今日、授業ないみたいですけどお」
「存じておりましたよ。私は校舎の見回りが日課でしてね。皆さんが学び、鍛錬している姿を見るのも良いですし、誰もいない教室の雰囲気も好きなのですよ」
「おお。いい人っぽいですう……投資の話でも持ちかけられたら、うっかり乗ってしまいそうですう」
寿命の長いエルフならではのひねくれた観察眼を声に出すのはやめなさい、パルルよ。
教団をやっている間に、よほどいろいろとあったようだな……
「F組前期もにぎやかになって、よかったですね、アビエッテさん」
「べつに」
話を振られたアビエッテが、表情を微動だにさせずぽつりと返す。
そうか、アビエッテは唯一、新入生ではないF組学生だものな。
副校長殿とも親しいのか。
もしかして、彼女は毎日教室にいるのか?
……いやいや。
そうと決まったわけではないな。
なぜそんなふうに思ったのだろう、俺は?
「授業日でないなら、よけいなお世話というものですが……せっかく、皆さんおそろいのことです」
俺たちを見回したモーデンが、やおらパチンと指を鳴らした。
何もなかった空中に、突然、光が渦を巻く。
青いそれらは四角いかたちを成し、ひと抱えほどの面積の板を生み出した。
何枚も、何枚も。
教室のあちこちを、青い板の群れがふわふわと漂いはじめる。
「わ、わあっ……!? なんですかこれ、なんかすごーい……!?」
「ですう……!」
「であります……!」
シーキー、パルル、セシエが三者一様、大きな両目を丸くしている。
きみたちのリアクションはわかりやすくていいな、いろんな意味で。
しかし確かに、すごいなこれは。
どんなジョブの何のスキルが使われているのか、それすら想像もできない。詠唱すらもなかった。
さすがに副校長は凄まじい手練れのようだ。
元Sクラス勇者と魔法使いと言っていたが、それ以外にも経歴がありそうだな。
そのモーデンも、さらににこにこと、彼女たちの反応を楽しんでいるようだった。
「臨時の授業を、などというわけではございませんよ。ちょっとしたオリエンテーションでもと思いまして」
「オリエンテーション?」
「少しでも早く我が校になじんでいただければ、それ以上のことはございませんからね」
なるほど。
気を遣ってくれているわけか、ありがたいことだ。
……というか。
先ほどから、アビエッテの反応が、こう、なんだか素早いな。
パルルたちの気ぜわしさに比べれば、相変わらずのんびりではあるんだが。
それでも、昨日今日と寝てばかりいる彼女を見ていたから、背筋を伸ばして起きているだけでも印象が変わる。
まぶたも、いまだ目を半分隠してはいるが、それでも得体の知れないやる気に満ち満ちているような……そうでもないような。
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