第26話



 ひと癖もふた癖もある屈強な男たちが、ぞろぞろと複数の列を作った。

 俺もそのうちのひとつに並ぶ。


 ファズマは真っ先にイスを蹴立てて飛び出し、いの1番に試験を受けているようだ。

 学校行事を茶番と断じつつ、それを楽しむか。

 根が素直なことがよくわかる。


『どのような実績をお持ちの方も、どうぞご遠慮なく、全力で』


 ステージの上でいまだ微動だにせず、しかしモーデン副校長は小さく笑ったようだった。


『発現するスキルの光量以外でも、適応度はしっかりと計測されますので、ご安心を。それぞれの受付にある魔法陣に――』

「うおおおおおおおおおッ!」


 甲高い気合いが、副校長の増幅された声を遮る。

 仮免許を手にしたファズマが、いろいろな意味で誰よりも目立っていた。


 声しかり。

 仮免許を両手で前に突き出すポーズの勢いしかり。

 その仮免許が、天井を焦がさんばかりのまばゆい光を放っている状景しかり――


 てれれれってれーん


 突然、えもいわれぬ音が鳴り、ファズマの正面の魔法陣に光る数字が浮かび上がった。

 96

 はい、と副校長がうなずいた。


『あのように、数値として表れるわけです。わかりやすいでしょう』

「おい! この数字は、高いのか!? 低いのか!?」

『たいへん立派な数字ですよ。A組に配属となります、おめでとうございます』

「い、いや、副校長殿でなく、係員に聞いたんだが……。まあ、恐縮だ! なかなか幸先がいいな!」


 高笑いを残し、ファズマは体育館を出ていった。

 案内に従い、各クラスの教室へ向かうのだろう。

 複数の列から、次々と新入生たちが試験を受け、数値を得、クラス分けされてゆく。


 みんな、手際がいいな……

 見ようによっては、こんな焦れったい行事は早く終わらせたい、という態度に思えなくもないが。

 俺が足を引っ張るわけにはいかないな。


 大丈夫。

 免許の使い方は、セシエにちゃんと教わってきたのだ。

 俺の前に並んでいた、小柄でがっしりしたドワーフ族が、20の数字を出して去っていった。


「ありがとうございます」


 仮免許を手渡してくれた係員に礼を言い、右手に持ったそれを魔法陣にかざす。

 通常、自分のスキルを使うときには、頭の中に思い浮かべられるステータス画面に意識を集中する。

 その集中を、手の中の仮免許に向けて……

 擬似的顕現、

 ちがう、


「スキル『勇者』、発光技能・自遊光<クリアドライト>」


 仮とはいえ、いささか高揚する。

 わずかな緊張感をもって、俺はしばし待ち…………

 ………………………………


 ……んん?

 しばし、が少々、長すぎはしまいか?


「<クリアドライト>!」


 何も起こらない。

 光など出ない。

 意識は仮免許に向けている。

 スキルの発動にともなう力の流れが、体内からアミュレットに向かっているのも感じる。


 だというのに、これは……?


 周囲の魔法陣も、まったく反応しない。

 係員の女性が、両目をぱちぱちさせて俺を見ている。わけがわかっていないというか、「お早くどうぞ?」といった表情だ。

 ……む……

 一度、切り替えるか。


「ふっ……!」


 噛みしめた歯のあいだから息を押し出し、俺は意識を集中し直した。

 仮免許ではなく、普段通り、自らの内部に心を向ける。


 力を練るのだ……いつものように。

 山での修行を思い出せ。

 常に自然の力に溢れている妖精たちと遊ぶには、こちらも力を常在させる必要があった。

 おかげで、おそらくどの村人よりも、力の出力を上げることには慣れている。


 きっと、イルケシスの勇者たちには、遠く及ばないのだろうが……!


「ッ……!!」


 ゴ、と大気が鳴動した。

 小刻みに震えそうになる体を、両足を踏ん張ってどうにか押さえつける。


 調子は――悪くない。そう感じる。

 仮免許は、……っおいおい、まだ光らないのか。

 皆、軽々と光らせていたというのに。魔力に優れないドワーフまでも。

 どれほどレベルが高いのか……! さすがは勇者学校だ!


「はあああ……ッ!!」

「ちょ、ちょっ……!?」


 係員がなにやら慌てているようだ。

 無理もない。時間がかかりすぎている。次の学生も待っているだろう。

 まことに申し訳ない……!

 全力を出すのは、けっこう、久しぶりでな……!


「ぬおおおおおおお!!」


 バリバリという音が聞こえた。

 いや、ひとごとではない、俺の周囲で聞こえる。超圧縮された魔力が空気と反応する音だ。


 仮免許から、青い燐光がこぼれ落ちる。

 おお、っこれは……これは勇者スキルにのみ現れる縁取り!

 今まで試験にチャレンジした者たちが発動させたスキルも、この色をうっすらと漂わせていた。

 これが見えたなら。

 今だッ――


「<クリアドライト>――」

「そこまで!!」


 かろうじて耳に入った声に、俺はスキルを中断した。

 知らず知らず強ばりきっていた肺が、一気に空気を吸いこむ……むう。背中の内側が痛むな。りきみすぎてしまったらしい。


 ストップをかけていたのは、副校長だった。

 ステージの上から、相変わらずの柔和な笑顔で――同時に、それにしては鋭すぎる眼光で、こちらをじっと見つめている。


「……お」


 それで気づいた、魔法陣が反応している。

 2

 いつのまにか発動していたらしい俺の仮免許スキルは、数値2という評価、であるようだ。


 低いな……なんともくやしいことだ。

 パルルのドラゴン相手にも出さなかった本気を振り絞ったのだが。

 ま、いたしかたなし。


「これは、F組……ですか?」

「え……ええ。ええ、まあ。はい、そう、ですね」


 やはりか。2ではな。そういえば満点は100なのだろうか?

 道はいまだ、遠く険しい……か。

 ふむ。

 この時代の勇者も、さすが簡単ではないな!


「行くか」


 体育館の出入り口で振り返ってみたが、副校長がなにか言う気配もなかった。

 わざわざひとことくれたのだから、何事かあるのかと思ったが……行っていいんだよな?

 これにて入学式、終了か。


 F組……

 パルルに叱られてしまうかな?



**********



お読みくださり、ありがとうございます。



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