第27話



 案内を受けたF組の教室は、教室棟というらしい建物の1階、そのいちばん端にあった。

 迷ったわけではないものの、たどり着くまでに時間がかかってしまった。

 そのくらいに、この学園は大きい。


 もとは貴族の別宅だったとかで、外見はほとんど小ぶりの宮殿だ。

 武に熱心な家柄だったらしく、四角さの目立つ建物はシンプルで頑健。少しばかり、イルケシス家を思い出させる造りだな。

 清潔で立派。勇者学校にふさわしい威容といえるだろう。


 その片隅にあるこのF組教室も、がっしりした石造りでなかなかいい。

 なにかと陰になる場所らしく、昼間の今もうっすらと暗いが、まあ気になるほどじゃない。

 天井近くに浮いている魔法の灯りの効果が切れかけ、ジリジリと明滅しているのも原因だろう。


 ともあれ清潔で、広々としている。

 実に学びに適した部屋だ……と、最初は思ったのだが。


「これは……少し違う、か……?」


 改めて室内を見回し、俺はぽつりと呟いた。

 入学式後の試験開始から、1時間ほどは経っただろうか。

 そろそろ……いいや、けっこう前に、試験も完了しているのではないかと思う。


 にもかかわらず、F組には俺を含めて、3人しかいなかった。

 繰り返しになるが、俺は学校というシステムを体験するのは初めてだ。

 だが、3人というのは……少ない、だろう?

 そうでもないのか?


 この部屋は実際広いのか、それとも人がいなさすぎて広く感じられるだけなのか……

 どっちだ? ううむ……?


(セシエにもっと、詳しく聞いておくんだったな)


 小さなイスと机だけは、妙にたくさん用意されている。

 個人で1セットずつ使えということだろうと解釈し、いちばんすみにあるひとつに座らせてもらってはいるが。

 単純に、やることがない。


 やるべきことを俺が知らないだけかとも思ったが、そこは安心できる要素がある。

 室内にいる、ほかの2人。

 どちらも女性だが、特に片方の女の子が露骨にそわそわしている。


 俺と同じく、現状にぼんやりとした不安を抱いているのがよくわかる挙動だ。

 やはり今、何をするべきかはF組に知らされていない。俺だけではない。

 ……まてよ?

 本当に安心できる要素かそれは……?


「うむ……あー。ちょっといいかな」


 発言した俺に、そわそわ子がビクッと反応を変えた。

 あちこちピンピンはねた、明るいオレンジ色のショートカットヘアが特徴的だ。

 あわてたようにこっちを見た弾みに、座っている椅子の脚がガタッと音を立てる。

 ずいぶんと、なんというか。

 驚かせてしまったなら、すまないな。


「もう、ずいぶん経つな? 1時間くらいか?」

「へあ!? あっ、ああ……! え、えっと、はい、いえ、ええええええっと!」

「うん? 落ち着いてくれ。俺はただ時間を聞いただけだ。いや、本当に聞きたいのはそのことでもないんだが」

「あう、あ、すすすすみません! あ、時間、あ、え、えっとっ……わ、わかりません……!」


 それはそうだろう。

 俺だって、本当に1時間たっているかどうかなどわからない。時の精霊でもあるまいし。

 単に感覚的な……いや、いいか。


 何にせよ、俺よりも人付き合いの苦手そうなやつを、久しぶりに見たな。

 いまだあわあわしているそわそわ子||(ややこしいな……)に軽く手をあげて謝意を示し――伝わったかどうか知らんが――、もう1人の女性に目を向ける。


 こちらは一転して、物静かな様子だ。

 机に置いた分厚い本に、ずっと視線を落としている。

 今のやりとりにぴくりとも反応していないあたり、「静か」ですむレベルでもないような気すらした。


「この部屋に入ってずいぶん経つが……動きがないな? 俺はこういう、学校という環境に慣れていないんだが」

「…………」

「……あー……あ、申し遅れた。俺はレジードという。よろしくお願いする」


 本の子に向けたつもりだったが、対象の広い言いかたになってしまった。


「よっ……よよ、よ、よろしくお願いします! 私、シーキー、ですっ!」


 結果、流れ弾をくらったそわそわ子が、ぺこっと頭を下げてくれる。

 シーキーというのか。

 なかよくやっていきたいものだ。いや本当に。


 ……さて。

 自然と集まった俺たち2人の視線を、さすがに感じ取ってくれたのか。

 本から顔を上げた、銀色の髪を肩でそろえた女の子が、小指の先でちょいちょいと鼻の頭をかいた。


「……なに?」

「俺はレジードだ。そっちの子がシーキーというらしい。きみは?」

「アビエッテ」

「アビエッテか。よろしくお願いする。授業のはじまりはいつなのか、きみは知っているか?」

「ない」

「……うん?」

「ないよ」


 聞き間違いか?

 ないよ、と……?

 そんなはずはあるまい。学校が授業によって成り立っていることくらいは、さすがに俺でも心得ている。

 ……え、違うのか?


「まさか……?」

「え……え、え。わ、私も、学校初めてなので……」


 俺と目を合わせたシーキーが、なんとも頼りない声をこぼす。

 いやまあ、頼れるだの頼れないだのと、俺に言えた義理ではないが。


 またしても2人分の視線を注がれ、アビエッテがゆっくり頭をかたむけた。

 まぶたを半分引き下ろした眠たげな表情のまま、こき、と首を鳴らす。


「授業の数は組ごと」

「ふむ。……む、む? 組ごと? ……に、違う? ということか?」

「そ」

「うむ。確かにほかのジョブや、手に職を持っている大人の学生が大半だから、授業内容は組ごとに違い、年間通して均一的だという説明は受けた。授業の回数まで違うのか?」

「Aが多い」

「A。A組か。……レベルの高い組のほうが多い、ということか? ではFは?」

「激少ない」

「激」

「激」

「……今日は?」

「ない」

「明日は?」

「ない」


 なんと。

 それはー……なんというか。どうなんだ……?


「そ、そんなぁ~……!」


 俺と同じくシステムを知らなかったらしいシーキーが、先ほどに輪をかけて力のない声で嘆いた。


「授業がないってことは、私……ゆ、勇者免許をとるの、すごく遅くなりますか!?」

「さあ……? それはきみ次第だと思うが、まあ他の組の学生に比べて、早まるということは考えづらかろうな」

「ひえ、あ、あわわわ……! ま、またご主人様に叱られちゃう……!」

「主人」

「ご主人様は怒るとこわいんです! 呪文詠唱噛まずに100回の特訓はもうやりたくないです、ひいいい……!」


 ふむ。誰かの命令でここに来ている、ということか?

 いろいろな学生がいるものだな……

 ぱたりと本を閉じたアビエッテに、俺は視線を戻した。


「教えてくれてありがとう。アビエッテは学生経験があるのか?」

「……この学校が初めて」

「にしては詳しいな」

「もう3年いる」

「なるほど。先輩というわけか、これは失礼した」

「別に。昇級試験、受けてないだけ」


 昇級試験とは?

 とまた聞こうかと思ったが、アビエッテは閉じた本をまくらがわりに、机で眠りはじめてしまった。

 ぴえええ、とシーキーは涙目で右往左往している。

 ほかには誰も、来ない。


「これが……勇者学校。ヴァルシス学園、F組、前期」


 だんだん俺にも察しがついてきたが、ま、いちいち言うまい。

 ふむ。

 とりあえず、勝手に学生が設備に手を出してはまずいかと思っていたわけだが。

 この有様なら、そんなこともなさそうだな……


――スキル 『村人』 火レベル38+風レベル15+地レベル38

――擬似的顕現、司祭技能・琳光<やんわりあったかい感じ>


「わあ……!」


 安定し、輝きを増した教室の灯りに、シーキーが両目をぱちぱちさせる。

 アビエッテが眠っているから、少し光の色をオレンジめに調整しておこうか。


「器用ですねえ、離れたところに。わわっ、色まで! これ、さっきの試験の勇者スキルですか?」

「いや。村人スキルだ」

「はい?」

「ともあれ、これからよろしく頼む」


 こちらこそ! と笑うシーキー。いつのまにか涙も消えている。

 俺の、初めてのクラスメイトたち。

 変わっているのは間違いなさそうだが、どうやら悪いやつはいないみたいだ。


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