第25話



『――では、試験に移らせていただきますー。このまま体育館で行いますので、そのまましばらくお待ちくださーい』


 けなげに案内を続けていた係員が、話をいち段落させる。

 さすが、こういった組織の職員というべきか、ファズマのような者にも慣れているようだ。


 それはともかく、俺はほとんど話を聞けなかったな……

 まあ待ってればいいのか、とイスの背もたれをきしませたところで、ステージに1人の男が現れた。


 すらりとした長身の老人だ。

 短い白髪に、上品な口ひげをたくわえている。

 老人の姿をみとめたファズマが、む、と表情を変え、いくぶんまともな姿勢に座り直した。


「少しは話のわかるやつがでてきたな」

「誰なんだ?」

「この学園の副校長だ」


 なんと。

 係員と立ち位置を交代し、老人がおほんと咳払いした。


『皆さん、初めまして。指導員の……ああ、ここでは教師ではなく、指導員と呼んでおります。私はモーデン。現在は免許を返納いたしましたが、元Sクラス勇者、また元Sクラス【魔法使い】でもあります。副校長の任にもありますので、わからないことがあればいつでもお声がけください』


 ピシリと伸ばした背筋をわずかにも動じさせない、見事な立ち居振る舞い。

 なんとも頼りがいのありそうな男だ。


『試験、またその後の学園生活に際し、私から注意点をひとつだけ。ご存じの通り、この学園は勇者免許の取得を目的とした特殊機関です。学生の年齢はさまざま、むしろ子どものほうがあまりいないくらいで、他のジョブ学校とは一線を画しておりますな。皆さんの中にも、すでに手に職を持ち、ご活躍の方々が多いことでしょう。よって、ここの授業には講義は少なく、実地での内容が主となっております。学習ペースも人それぞれ。1年あまりで免許を獲得する学生もいれば、10年かけてクリアした学生もおります。我々はすべてに対応する所存です』


 なるほど……

 イルケシス家が元締めをしていたころと、大きく違う点だな。

 こっちのほうがいい。


 現に、パルルは俺と同じく、この勇者学校に入学する予定だが、今ここにはいない。

 セシエといっしょに、真勇教の事後処理に行っているのだ。

 そういう、忙しい人間でも通えるように、配慮されているわけだな。


『しかし、指導員の数が足りているとは言いがたい。なにせ勇者に関わること。本来ならば、学生1人1人に個別の指導員がついてしかるべきところですが、到底不可能です。しかるに、皆さんを実力別に分け、A組からF組までの集団で授業に臨んでいただきます』


 実力だと?

 今の段階で?

 どういうことだ、と思わず眉をひそめたが――そんな反応を見せているのは、俺だけのようだった。そこかしこで軽いざわめきが起きているものの、いずれも新入生たちの期待の表れた声であるようだ。

 モーデン副校長はおだやかな笑みを絶やさず、場が静まるまでじっと待ってから続けた。


『皆さん、よくご存じかと思います。ほかのジョブにおける学校でも、基本的に行われていることですからね。当校のクラス分けにおいても、よそと同様……ここでいう実力というのは、単なる強い弱いの話ではありません。これから皆さんが会得してゆく、勇者スキルへの適応度を推しはかる目的。いわば皆さんが、勇者になることでどれほどのメリットを得られるのか? それを推測する試験でございます』


 ……うん? なる……ほど?

 理解できるような、そうでもないような……?

 不思議なことを言われているのは間違いない。


 なにしろ、どのランクの勇者免許を手にしたところで、当人のジョブ適性は『勇者』にはならないからだ。

 それは何度もパルルたちに確認した。

 にもかかわらず、適応度……?

 それに、俺は一応、一応のこと現在勇者スキルを持ってはいるが。

 ほかの者たちは、ない、だろう? ……あるのか?


『皆さんには、これから1人ひとつずつ、こちらを受け取っていただきます』


 心ひそかに戸惑う俺をよそに、モーデン副校長が右手を掲げた。

 歳に比較して若々しい手に、鎖付きのアミュレットがぶら下がっている。

 あれは……


『勇者の仮免許です』


 おお、と再び新入生がざわめく。


『人数分、用意してございます。仮とついてはおりますが、効能のほどは通常の免許と大差ございません。ただし、封じられているスキルは一律、発光技能・自遊光<クリアドライト>です。余談ですが、適性が勇者であれば、レベル3にて体得できるスキルですな』


 どこが余談だ……と思ったが、そうか。

 天然勇者が絶滅危惧種である現状では、その話が余談になるのか……


『皆さんにはこれから、仮免許の<クリアドライト>を使用していただきます。この仮免が本免許に劣る・・点はただひとつ、スキルの出力が使用者の適応度のみに依存すること……つまり、強く輝けば輝くほど、勇者となったとき強い能力を得られる可能性が高い、ということです』


 ふむ……? 初めて聞くシステムだ。

 けれどもそれは、俺が騎士や魔法使い、ほかのいかなるジョブの学校にも通ったことがないからなんだろうな。

 まわりの者たちはほとんど、そういった経験があるようだ。

 そしてこの試験を受けた心得も、やはり備えているに違いない。


 だが、しかし……

 イルケシスの時代には、勇者に対し適用されなかった試験であることも、また明白。

 違和感がある。

 とはいえ無論、従うよりほかはない。


『繰り返しますが、この試験及びクラス分けで示されるのは、新入生の皆さん個々人のメリット……客観的に見たメリット、でございます』


 背筋を伸ばしたモーデン副校長が、声色をきりりと改める。


『たとえA組で学ぶ資格を得ようとも、己の目的に不釣り合いであればご入学の再検討も可能です。F組の判定を受けようとも、それでも勇者として人の世に尽くしたいとお考えであれば、我々は大歓迎いたします。決して、決して1人分でも多く学費をいただきたいというわけではございません。本当でございます。それはもう心から』


 ……これこそ余談、というかよけいな本音ではないのか?

 では、とモーデン副校長が、体育館の入り口を指し示す。

 いつのまにやら、係員たちによって、数多の魔法陣――絨毯に縫い付けられていたり、薄い木の板に刻印されていたり、多様なかたちのそれらが空間を囲んで設置されていた。

 試験準備完了、というわけか。


『列を作って、混乱のないようにどうぞ。そういったところも、勇者適性に影響する――』


 それはうそだと俺でもわかる。


『――かどうかは定かでありませんが、学校の内申には響きますのでね』


 ……なるほど。そう言われては、誰もがぜひもない。


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