第13話



 セシエの健脚も手伝って、昼下がりには山を越え、谷を渡った先にある密林に入り込むことができた。

 密林といっても、道はちゃんとある。……なるほど。

 この奥に、それなりの何かが待ち構えていることは、どうやら確かであるようだ。


「ところで……いったい、何をやってる教団なんだ? そいつらは」


 セシエが持って歩いていた花を、小さな髪飾りにしてやりながら聞く。


「勇者に文句がある連中なのはわかったが、それだけでは別に邪教でもないだろう? 正直、文句だけなら気持ちがわからなくもない」

「あはは、左様で。やつらが……『真の勇者は最強教』が行っている問題行動は、私的制裁であります」


 しんのゆうしゃはさいきょうきょう。

 頭の悪さが様々な角度から噴水さながらに噴き出ている教団名からして、だいぶ問題に思えなくもないが。


「なんでも、学校に数年間在籍しただけで誰でも免許を取得できるなど、勇者に限って言語道断という主義主張であるらしく。ま、そういった考えを隠れみのに、ただ己の不満をぶちまけたいだけのなんちゃって反社会勢力は、別に珍しくもないのでありますが」

「ときどき、いたく辛辣だな、セシエ」

「どうも真勇教は、免許持ちの自称勇者を狩る、勇者狩りを行っているようなのであります」

「狩り……?」

「昨日のやからのような勇者もどきたちを襲い、免許を奪い取って集めているとか。のみならず、教団本部の位置を喧伝し、ニセモノ呼ばわりされたくなければ我を倒してみろと、広く挑発していると」

「徒党を組んで襲われるんじゃないか? そんなことをしたら」

「おっしゃる通り。まあ襲うほうも襲うほうでありますが、しかし真勇教はそれらを幾度も返り討ちにしているそうで」

「大したものだな」

「左様でありますな。ただし真勇教の者とて、この国の庇護を受ける一般人であることには違いないのであります。私闘を禁ずる法を無視してまで、勝手に自称勇者をこらしめる権利はございません」

「道理だ」


 その実態を確かめに、セシエがやってきたということなのだな。

 経験上、その手の集団がおとなしく権威に従うとは考えづらいが、いきなり軍隊や騎士団を派遣しないあたり、この国はわりとしっかりしているようだ。


 この国……

 そういえば、ここは今、なんという国なのだろう?

 いささか気にはなったが、それよりも。


「もどきどもを狩るのはともかく、免許を奪い集めているのか……倒したことの、勲章というような意味か?」

「それもあるかもしれませんが、より実益的な意味が予想されますな」

「売りさばくのか」

「かもしれません。……レジード殿、昨日の戦いを思い出してください」

「昨日」

「あの不届き者めらの免許は、駐在の兵士にあずけてしまいましたが、やつらは免許から魔法を放っていたでありましょう?」


 ああ。そういえば。

 そうだ、それも気になっていたのだ。言われるまですっかり忘れていた。

 やはり昨夜は、俺も酒を過ごしてしまっていたか。


「免許には……ブレスドチェインには、1個につき1種だけ、スキルを記憶させることができるのであります。免許が覚えているスキルなら、たとえそれを操るジョブでない者でも、適性のない者でも、自由に使うことができるのであります」

「なんと。そういうことだったか」

「免許の格が上がれば上がるほど、より効果が高く希少性もあるスキルを記憶させられ、それを持つ人間を強力にサポートしてくれるという次第で。まことにすばらしいアイテムなのでありますが、世にはびこる悪人どもがあの手この手で免許を入手し、高値で取引しているのであります! まったくゆるせん! 真勇教も、おそらくそういう集団であるとにらんでいるのでありますよ!」


 昨日の連中が、複数の免許を持っていたのも、そういう理由か。

 確かに悪人というか、小悪党な話だ。


「スキルはあくまでひとつの技術! 人の身を支えることに自ら使用してこそ! いかなる小細工を行おうとも、しょせんは使う本人の器量で、どうとでもなってしまうのでありますから! まったくまったく」

「熱量のある意見だ」

「ご理解いただけるでありますか!」

「まあな」

「ちなみに!」


 セシエが鎧の胸元から、鎖で首にかけた免許を取り出す。


「基本的に、免許と同一のジョブスキル……騎士免許には騎士スキルしか刻めないでありますが! 発動難易度をほぼ無視できるので、難しいスキルや使用頻度の高いスキルを覚えさせると、とても役立つのであります!」

「なるほどな」

「自分の免許に刻まれているスキルは!」

「え」

「雷攻技能・牙雷突槍<バロンシャイニード>!!」


 ピシャチュドオオオオオオオン!!!

               オオオォン――オォンン……


 アミュレットからほとばしった雷光が、山裾に転がる大岩を直撃し、爆砕した。

 驚いたのだろう、あたりの木々から鳥たちが一斉に飛び立ってゆく。

 ……ふむ。


「これであります! Aクラス免許でも、雷のスキルを覚えている免許は滅多にないのであります! ありますよ! ふんすふんす」

「得意そうだな……」

「えっ? いーえ特には! しかし昨日はつくづく失敗したであります、やつらに対して妙な情けゴコロなど出さず、出会い頭にこれをぶちかましてやるべきだったであります!」

「器量……」


 いろいろな意味でよくわかった気がする。

 実際、ただの雷ではなさそうだ。岩を灼くだけではなく砕いてしまうとは、複数のカテゴリの魔力が使われているに違いない。


 俺の村人スキルでまねできるか、あとで挑戦してみるとしよう。

 しかし、今は。


「目的地まで、あとどのくらいなんだ?」

「もうまもなくであります! あれに見えている岩場の向こう、といったあたりでありましょう!」

「なるほど。では今の爆音、おそらく目的地まで聞こえているな」

「で、ありましょうな! …………。へ……?」

「ずいぶんと響き渡っていた。こだまも伴って。さすがは山間部だ」


 しばらく、鳥の鳴き声すら失われた空間に、まったき静寂が落ちた。

 免許を鎧の内側にしまい、

 ぽりぽりと頬をかき、

 よし、とセシエがうなずく。


「出直すであります」

「それがいいだろう」

「いやなんというかもうお恥ずかしい。明日また自分ひとりで来ますので、レジード殿はやはり町でお待ちを――」


 ズン


 という足音は、その時点ですでに人間のものではない。


 振り返った俺たちを、はるか高見からドラゴンが見下ろしていた。


 先ほどセシエが示していた岩場の向こうから、ぬうとごつい顔面を突き出している。

 お互いに、見つめ合う時間をしばし持て余し……

 どうやら。


「野生のもの、というわけではなさそうだな」

「あわわわわわわわわわわっ!? であります!」


 語尾よ。


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