第14話



 さて。

 状況的に考えて、俺たちを見下ろすこの銀色のドラゴンが、たまたま通りがかった野良ゴンでないことは直感できる。

 けれども一度、あえて状況を噛み砕いてみるとしようか。


 ひとつは、タイミングが早すぎる。

 セシエの見せびらかした免許スキルの轟音が響いてから、いくばくもしないうちの出現。

 岩場の向こう、邪教団の本部とやらにあらかじめ配置されていたと考えるのが妥当だろう。


 さらにひとつは、このドラゴンの種類。

 首が長くがっしりした胴体、翼を持たないリンドヴルムといわれるものだ。

 野生の個体もいないではないだろうが、召喚により喚び出されるパターンのほうが圧倒的に多い。そうやって活用されるほど、強力なモンスターということでもある。


 そして最後のひとつは、ドラゴンの頭の上。

 人が乗っている。


「何者ですかあっ!」


 ドラゴンのうなり声と同じ高度から、キンキンした声が降ってきた。

 女……か?

 あるいは少年か?


 白くゆったりした衣装を身にまとい、えらく民族趣味な仮面で顔の上半分を覆っているため、遠目には判然としない。

 白くて長い杖まで持って、司祭、いやむしろシャーマンのような出で立ちだが……

 まあ、まず間違いなく邪教関係者だろうな。


「いきなりチュドンって、何したんですかあ!? ここがどこだかわかっての狼藉ですかあー!」

「ぬ、ぬう! いきなりのドラゴンでびっくらこいたでありますが、ここがどこかは先刻承知!」


 状況はどうあれ、人がいたことで気を取り直せたらしく、セシエが胸を張って言い返した。


「真勇教の関係者とお見受けしたであります! 我こそはAクラス騎士、セシエ・バーンクリル! 王都より、あなたがたを調査しに参ったであります!」

「騎士ぃいい? そんなもんお呼びでないですしい! いったい何しに来たですしい!」

「調査だって今言ったばっかであります!」

「知らんし! 帰れし!」

「な、なんという言いぐさっ……! いやしくも国からの正式な使者を、こうまで無下に扱うとは! 悪者でありますな!」

「悪者じゃないっ! うちは、なぁーんにも悪いことしてませえん!」


 ドラゴンの頭上で、シャーマンが胸を張り返した。

 やはり女性であるようだ。ゆったりした衣服の上からでも、ずいぶんはっきりしたふくらみが見て取れる。


 仮面の両側から、特徴的な尖った耳が見えている気がするし……なにより「うちは」という物言い。

 このシャーマンが、真勇教とやらのリーダーをやってるハイエルフか。


「この世はそもそも間違いだらけ! だけどそれを否定するつもりは、『真の勇者は最強教』にもありません! しかしただひとつ、どうしても、勇者にニセモノがいるという間違いだけは看過するわけにいかないのですう!」

「だから勇者免許を持つ者を挑発し、片っ端から倒しているというのでありますか!?」

「知ってるんなら、騎士に用がないこともわかるでしょお!? 帰れ帰れえー!」

「免許は国が発行した物であります! それについて文句があるなら、国に対して訴えを起こすのが道理! 個人的な感情で私刑をまかり通す理由には、ならないであります!」

「……国なんて信用できるかッ!!」


 シャーマンの語気が変わった。

 牙をむき出し、うなり声をあげるドラゴンの頭上で、自らも噛みつかんばかりにこちらを威嚇している。


「国なんてっ……国なんて! わたしのお師匠様を遠ざけるばかりか、その生家を、勇者を! イルケシス家を見捨てた国なんて!」

「……! 今、なんと……?」

「おまえのような騎士にうらみはありませんが、邪魔するとあらば容赦しません! ニセモノどもと同じように、コテンパンのケチョンケチョンにしてやりますう!」


 なれば、とセシエが背中の長剣を抜き払う。


「自分も、自分の道理を通させていただくであります。近くの役場まで引っ立てさせていただくでありますよ! 言い訳は詰め所でなさいませ!」

「引っ立てられないし! 行かないし! てゆーかそこの隣の男っ!」


 え?

 俺か?

 セシエの邪魔をしないよう、おとなしくしてたんだが。

 白杖の先端でまっすぐ俺を示し、しかしシャーマンは笑ったようだった。


「真の勇者は最強教に入りませんかっ? いつでも入信者募集中ですう!」

「なっ!? こ、こらあ! 人の連れをいきなり勧誘するなであります!」

「真の勇者は最強教は、身分もジョブも適性も問わず、従者の方々の入信も歓迎しておりますう」

「何を言うでありますか! こちらにおわすお方を誰と心得る、ジョブこそ村人ではありますが! 誰よりも勇気をお持ちの立派な方であります、決してあなたがたのような邪教になど!」

「勇気ある村人? ほうほうそれはそれは! ますます見込みアリですよ!」

「ええいっ、問答――」


 長剣を構え、セシエが細い体をたわめた。


「無用ッ!」

「やっちゃえー!」


 爆発的な加速力で突進したセシエに、ドラゴンが吠え猛る。

 牙の並ぶ口が大きく開き、ゴバアと炎の波が吐き出された。


 俺は大きく後ろに跳んで、炎の効果範囲から逃れる。

 さすがにすさまじい火力。並のモンスターではない。

 しかし、まあ。


「スキル 『騎士』 熱防技能・抗焔遮壁<サルードラファイア>!」


 セシエの全身を、ほの青い球形のオーラが包みこんだ。

 火炎に正面から突っこんで、そして突破する。

 やはりか。

 昨日の時点でわかっていたことだが、不意打ちなどされたりしなければ、セシエは非常に強力な騎士だ。


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