第12話



 翌日、セシエは2日酔いに完敗していた。

 真っ青な顔でふらふらしながら、それでも騎士のつとめに向かおうとするので、うろ覚えの記憶をたぐって酔い覚ましの薬湯を作った。


 なにしろ、最後にこれを飲んだのは、生前の……いつだったか。

 あのなつかしい下級エルフの弟子が、百何十歳だかの誕生日でしこたま酔っぱらったときだから……、うむ。やはり忘れた。

 素材や配分が間違っているかもしれないと、いくぶんはらはらしたが。


「いやー、ハイキング日和でありますな!」


 飲んだ直後から全快したセシエが、山道をずんずん進んでゆく。

 よかった……ことには違いないが。

 記憶を再現できていたとしても、ここまで即効性のある薬湯ではないはずだった。となるとあとは、本人の回復力か。

 やはりこのセシエ、ただ者ではないな。


「ついつい道草食ってしまいそうになるでありますが、昨日の不埒者どものおかげで、時間に余裕はなし。まっすぐ目的地に向かうであります」

「なるほど」

「というかレジード殿、町でお待ちになっていてよかったでありますのに」

「邪魔か?」

「いえいえとんでもない!」

「いや、俺が落ち着かんというだけなんだ。これから世話になる相手が、危険な仕事に向かうというからには、力になれるならなりたい。だがやはり俺は、なんにもわからないままだからな……足手まといになっているようなら、そう教えてもらえると、実際助かる」

「……なるほど。いや、実際の話であれば、荷物のほとんどを持っていただいているだけでも、じゅうぶん手助けいただいているでありますが」

「ああ、力仕事はまかせろ。なんなら負ぶってやろうか?」

「ゆ、昨夜はまこと、醜態をお見せしてしまったであります……!」


 おや。

 赤面すると、急に年相応だな。

 もじもじ恥じらうかわいらしさも、まったくただ者ではない。


 俺に孫ができていたなら、こんな感じだったのだろうか……

 2日酔いの孫娘を介抱というのは、ちょっと勘弁してもらいたいところだが。


「それで……? 邪教団、だったか?」

「! はい。今回の調査対象であります」


 楽しげな、本当にハイキングを満喫しているかのようだった表情を、セシエはぴりっと引き締めた。

 なるほどそうすると、彼女のまとう雰囲気までもが、無邪気な少女から1人の騎士へと変わる。

 同時に、手に持っているきれいな花の咲いた野草もどうにかできれば、まったく完璧だったな。


「よくある新興宗教にしては、いささか危険度が高い可能性があるということでありまして。調査要員として、王都より自分が派遣されて来たのであります」

「なるほどな。いや、いくら騎士とはいえ、女の子が1人で行うような仕事かと、疑問だったんだ。まさしく危険が過ぎる。ただの調査であれば、まだわかるな」

「いえ! 調査だけに終わらせるつもりはないであります!」

「うん?」

「自分の位は、Aクラス騎士……実績と技能を評価され、ありがたくも過分な昇格にあずかり、これをいただいたでありますが」


 言いながら、セシエはライトメイルの内側から、5角形のアミュレットを取り出す。

 鮮やかな赤色に輝くそれは、俺もはるか昔に目にしたことがあった。

 デザインはまったく変わっていないようだ。


聖き祝福の証ブレスドチェインだな」

「さすが、正式名称をご存じでしたか。おっしゃる通りであります。今はもうほぼほぼ、免許証とだけ呼ばれておりますが」

「俺の時代でも、似たようなものだった。実際に所持できたことなどないし、昨日のやつが見せびらかしていたアレは見たこともなかったから、とっさにわからなかったが」

「なるほどなるほど。……俺の時代?」

「あ。いや。気にしないでくれ」


 いかんいかん。

 もう少し言葉まわりに気をつける必要があるな。


「了解であります、気にしません!」


 セシエはなんというか、本当に助かる子だ。


「そう、過分……自分はまだまだ、Aクラスたるの評価には安んじられない実力なのであります。昨日も、あの程度の連中に、危うく不覚を……」

「あれは気にしないほうがいいんじゃないか。やつらが汚い手を使ったんだ」

「左様。しかしそれは、自分がやつらの行動を読み切れなかったということであります。それも、いかにも汚い手を使ってきそうな相手が、その通り汚い手を使ったというだけのことでありますのに」

「……なるほど。そういう考えもあるか」

「自分はまだまだ未熟。今回の任務は、そんな自分に与えられたチャンスであります! かなうなら、かかる邪教集団、自分が1人でしょっぴいて……!」


 なるほど。大した威勢だ。

 さすが、騎士として名を馳せようと思えば、そこまでの気概が必要なのだろうな。

 ……だが……


「まあ……そう気負わずとも、いいんじゃないか」

「え?」

「教団というくらいなんだ、まとまった人数がいるんだろう。謙遜していたが、それでもセシエはAクラスなんだ。相手が一般人ばかりなら、100人単位でも単独で制圧できるかもしれない。だが、そうとも限らないだろう?」


 というか正確には、教団の上に『邪』がつくわけでもあるし……

 まともな相手ばかりという可能性のほうが低いんじゃないか?

 そうなれば、セシエの考えはむしろ、自分自身を追い詰めてしまいかねない。


「調査という名目だから、とかはいったん横に置くとしても、状況を冷静に判断して進退を見極めねばな。……と、いや、これは『剣聖に刃の研ぎを説く』だったか。無論、すべて心得た上でのことだろう、いらぬお節介をしたな――」

「お師様と同じことをおっしゃる……!」

「ん?」

「自分の剣の師匠と、レジード殿、同じことをおっしゃるでありますな!」


 先んじて言われていて、それか。

 俺の言葉にはともかく、師匠殿には従ったほうがよかろうに。


「しかもお師様よりやさしい! ありがたくあります!」

「そうなのか」

「お師様には『テメーがイキリ散らして1人でおっぬなら勝手だが、お仕事与えてくださった上司さんに迷惑かけんじゃねーよザコチビ』って言われたであります!」


 口が悪すぎないか。こわいぞ。

 なおのこと、黙って従ったほうがよいのではないか。


「レジード殿のやさしさで、元気が出たであります! よーしがんばるぞー!!」

「いや。あの。だからな。ひとつ冷静にな」

「邪教のエルフなんかに負けないであります! エイ! エイ! ォはっくしょん!」

「せめてオーまでは言い切ってもらいたい。……エルフ?」

「ふぁい。邪教団のリーダーは、女のエルフだという情報が入っているのであります」

「ほう……そういうのは、今は珍しくないのか?」

「いえ、自分も初めて聞くであります。なんでも、『現在の勇者制度は間違っている! 我こそは真の勇気ある者を世に求める者なり!』などと喧伝し、信者を集めているとのことで。昨日のようなやからも面倒でありますが、こういう勘違いした手合いも痛々しいものでありますなあ」


 ……エルフ。

 女……。

 勇者に物申す……。


 まさか、とは思うが。


「下級エルフか……?」

「はい?」

「その教祖のエルフが、下級エルフ、ええと、もっと言えば南方出身の島エルフかどうか。そこまではわからないか?」

「島エルフとは、それこそ珍しい発想でありますな。しかし、ハイエルフだそうであります」


 ハイエルフ。

 エルフ族の中でも、高度な魔法力を備えた者がそう呼ばれる。


 島エルフや森エルフというのは種族名、対してハイエルフは『Aクラス』などと同じく位を示す言葉だ。

 なので、島エルフかつハイエルフという存在も、理論上いないではないが……


「考えづらいか……」

「島エルフは、あまり魔法に秀でた種族ではないでありますからな。ハイクラスのは、うわさにも聞いたことがないであります」

「ふむ」


 なるほど。やはりまさかはまさかだったか。

 あの子は魔力的にも恵まれず、素養もない下級エルフだったからな。

 『村人』適性の島エルフの中にあっても、とびきり勇者に向いていなかった……


「なにゆえ島エルフを気になさるので?」

「や、まあな……知り合いが多いんだ」

「ほー、それはそれは。よいですよねえ島エルフ! 民族衣装、ちょっと露出多めだけど、かわいいのであります!」


 民族衣装。そういえば、あいつもときどき着ていたな。

 転生を挟んでいるというのに、こうも鮮明に思い出せるものか。


 まだ……生きているだろうか。

 元気で勇者を目指しているといいな。

 いや、もうなったかもしれない。……それはないか。間が抜けているところも、師匠の俺によく似ていたから。

 王都に行ったら、足跡そくせきだけでもさがしてみるとしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る