第11話



「レジード殿は、なぜ山で鍛錬を?」


 鳥の蒸し焼きを、ナイフで器用に切り分けるセシエ。

 酔ってこそいれど、なにげない所作や物の扱いなど、ところどころにそつのない細やかさを感じる。

 こうまで豪快にしゃべり倒しながらもさりげなく口元を隠す気遣いなど、15の少女としては珍しいほどではないか?


 今の世が特別上品になったわけでは、残念ながらなさそうであることだし。

 彼女の気品のなせるわざだろうな。酔っぱらいではあるが。


「やはり仙人的なアレでありますか?」

「まあ……ある意味、当たらずとも遠からずではあるが。珍しくもないだろう、山での修行くらい」

「確かに。自分にも覚えがないわけではないであります。では……それほどに鍛錬してまで、勇者として働くことを、レジード殿はお望みでありましょうか?」

「そうなるな」

「理解いたしました! レジード殿はさしずめ、無人の荒野を行ったり来たり転がる、宝石の怪物といった存在感でありますなあ!」


 どういう表現だ。


「しからば、今日のこの出会い! 運命と思うよりほかありませんでございましょう!」

「どえらいテンションだな、今さらながら」

「レジード殿! このセシエに、レジード殿の栄光を演出する一助とならせてはもらえんでありますかっ?」

「ふむ。わからん。何を言っている?」

「要するに、私といっしょに都へ行きませんかと!」

「都」

「王都であります! そこでレジード殿は、勇者学校に入られるがよろしくありましょう!」


 王都。

 俺の生まれ故郷。

 きっと、人の街の例に漏れず、ずいぶんと変わっていることだろう。


 なにせ……先ほどから、ちょいちょい耳に入ってくる、勇者学校。

 そんなもの、俺は聞いたこともない。


「それは、あれか? 先ほどの、勇者免許だかと関係があるのか?」

「まさしく。勇者免許はいろいろな意味で……左様、いろっいろな意味で特殊でありますから、他ジョブの免許と取得方法が異なる点も多いのであります。騎士などには、比較的近いでありますな。専門の学校を卒業しましたら、免許が交付されると」

「なるほど……それであのごろつきどもも」

「そういうわけであります」


 なぜそんなことになったのか。

 どうしてそんなシステムが採られているのか。


 気にはなるものの、こうまで気を遣ってくれるセシエが話さないということは、今は置いておいたほうがいい話題ということだろう。

 ……いや、本当にそうか?

 酔っているだけか? わからん。


「別に勇者免許を得ずとも、近いことをして生きてゆくことはできなくもないであります。義賊というやつでありますな。しかし、レジード殿がそれではあまりにもったいない!」

「過分な評価と思うが。しかし俺としても、やはり……うむ……そうだな。なろうことなら」

「ええ」

「勇者として人の世の役に立ちたい」


 免許を見せることができていれば、今日ももっと、『らしい』内容の仕事が受けられた。

 それは間違いのないところだろう。


「勇者学校では、卒業成績に応じた免許が手に入るであります。レジード殿ならばSクラス間違いなし! 騎士団付きの少佐に相当する地位が補償されるであります!」

「その学校が、王都に」

「レジード殿は、いささかお世慣れ・・・・でない様子。自分に雑事を引き受けさせていただければ、後の大勇者を手引きした者として、我が名もうっかり歴史書に残るかもしれないであります! なんちゃって、なっはっはっはっ」


 いよいよ酒が回ってきたのか、気品の類いはどこへやら。

 酒を持って笑う姿が、ほぼくだを巻いたドワーフにも等しいこの少女。


 心に直接響いてくるような信頼感。

 それに抗うことなく、俺は椅子から立ち上がった。

 テーブルの向こうに、深々と頭を下げる。


「よろしくお願いする」

「ッ!? れ、レジード殿……!?」

「俺1人では、右も左もわからなかったところ。100万の味方を得た心地だ」

「そ、そんな、やめてくださいであります! 自分はただ、ほんのお礼のつもりで。それにレジード殿を埋もれさせておくにはなにより惜しいと」

「それでもだ。たとえどれほど己が身がいやしくあろうと、受けた厚意にはできる限りの礼を尽くさねばならん。それが第一歩だ」


 セシエはすぐには答えず、大きな両目をぱちくりさせた。

 腰を下ろした俺に、彼女はまた笑う。


「厚意に尽くす。覚えのある言葉であります。騎士学校で教えられた、最初の事でした」

「俺のは生家からの受け売りだ。実践する機会をなかなか得られずにいたからな、うれしく思う」

「なんとなんと! さぞや名のあるお家でありましょう。そういえばおっしゃっておられましたな、えー、イルケ……?」

「……いや」


 掘り下げないほうがいいだろう。よけいな混乱を招きかねない。

 今現在のイルケシス家が、この世界でどういう存在であるとしても。

 俺にとっての勇者とは、免許のあるなしなどではない。


 ならば、そう。

 ないよりあるほうがいいだろう。


「ともあれ、決まりでありますな!」


 セシエが両手をあげ、無駄に派手な動きで店員を呼び寄せる。


「良き出会いを得た日は、飲み明かすに限るであります! 大いに! ええ大いに!」

「そうだな。俺も飲み明かしたりはする。若いから。よくする」

「さあさ、食べるであります! 飲むであります! ふふふ、私はお酒に強いでありますよ! すでに宿屋の手配もすませておりますれば、レジード殿、ぶっ倒れるまで飲んでくださってもよろしいでありますからね!」

「本当にすさまじい手際だな。感服する」

「それ、かんぱーい!!」


 数時間後。


「宿はどこだ……?」


 酔いつぶれたセシエを背に負って、俺は夜の町をさまようはめになった。

 月が明るい。

 同じ月でも、山で見るのと町で見るのでは大違いだな。

 これはこれで味がある。


「むにゃむにゃ……レジード殿ぉ、免許おめでとうであります……うーん」


 セシエの夢の中では、俺はもう勇者として働いているらしい。

 一刻も早くそうなれるよう、努力するとしよう。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


ここまでで、もし「おもしろい」と感じてくださったり、

「酔ったセシエは私が介抱しよう、さあ」と申し出てくださったり、

そういうのなくてもお心がゆるすようでありましたら、

作品フォローや★でのご評価、またご感想など、

なにとぞよろしくお願いいたします!


次は10/23、8時の更新になります。

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