第9話
セシエと名乗る騎士の手際は、世事に疎い俺からしても見事なものだった。
勇者もどきたち――と、現状を理解するに至るまでは、ひとまずそう呼ぶことにした――を全員縛り上げ、リーダー格だけを引っ立てて町まで戻り、軍の詰め所に預けつつアジトの場所を報告する。
さらに、ぼーっとついてきただけの俺のために、ギルドで受けた案件の精算までしてくれた上、その金で安くて動きやすい衣服まで見繕ってくれたのだ。
たいへんありがたい。その程度はこなせるつもりでいたが、不安がまったくないかというと大ウソになる。
今もセシエの案内で、町外れにある酒場にいる。
俺は小さく首をかしげ、機嫌良く料理を注文する彼女を見た。
「あの勇者もどきたちの捕縛は、セシエの目的ではない、と……?」
「そうであります。たまたま行き合い、素性を知っていただけでして」
がやがやと大勢で賑わう酒場に、セシエのこともなげな声が溶けこむ。
当たり前のような口ぶりだが、たまたまならなおのこと見事な手際だ。
「もどきであれ何であれ、勇者の適性者が悪事を働くなど、かなり大事のように思うが……騎士団をあげての対処にはならなかったのか? それとも、他にもっと厄介ごとが?」
「私の場合は後者ですが、あの程度の連中では賞金を含む指名手配がかかることもないであります。それに連中、適性は勇者ではないでありますよ」
「は? ……どういう、ことだ?」
「う~んレジード殿、貴殿は本当に山にこもっておられたのでありますなあ! 今どき珍しい。すばらしいことです、まるではるか東方に伝え聞く仙人がごとく!」
「せんにん……? わからないが、その、もう殿は結構だが」
「いえいえ仙人殿! 私の口癖みたいなものですし、それになぜだかレジード殿の場合、つけたほうがしっくりくるのであります。ふしぎなものです」
なんと。
転生前の人生も含めれば、俺はすでに、老人を通り越した何かであるのは確か。
そのへんを感じ取られているのかもしれない。
いかんな。
いや別にいかんことはないのだが、せっかくなので若さを出していきたい。
「さあさ、お酒がきたでありますよ!」
ウェイトレスから大きな木のジョッキを受け取り、セシエは実に朗らかに笑った。
「これも助太刀いただいたお礼の一環、どうぞ遠慮なく! かんぱーい!」
「乾杯。うむ、酒は好きだ。若いからな。そう、俺は若いから」
「そういえばレジード殿、おいくつでありますか? いえ失礼、問うならばまずおのれからでありましょう! 私は当年とって15になるであります!」
「ああ、俺も15……15っ? めちゃくちゃ若、いやいやなんでもない。俺も15だ。だと思う。たぶん」
「なんとなんと! 私は仙人殿と同い年でありましたか、いやあこれはこれは! この国の飲酒に年齢制限がなくて、お互いよかったでありますなぁ」
国によっては制限があるのか?
昔はそんなこと聞いた覚えもなかった。
というか、セシエもずいぶん酒好きのようだな。
最初の1口目からテンションが爆上げされている。
まるで練達のゴツいおっさん騎士のようだ、というのは偏見だろうか? それ以前に失礼か。
「今の勇者殿方は、免許制のもとに統制されているのであります。いえ、統制されているていになっている、というのが正確なところでありましょうか」
「免許。そう、それを教えてほしい。生産職や、一部戦闘職が持っている免許と、同じ物なのか?」
「左様」
「では……」
「手続きを踏めば誰でも持ちえますし、それでなくとも多少のコネなどがあれば、手に入れることが可能であります。料理師は料理師の、鍛冶師は鍛冶師の、もちろん騎士は騎士の、免許を持っているであります」
「勇者は、勇者の……」
「それは違うであります」
なに?
両目をまたたかせる俺に、セシエはうんうんと何度かうなずいた。
表情的に、なにやら……話し相手の、つまりは俺の苦労をしのんでいるような、そんな感じがするんだが。
あの、違うぞ?
俺が何も知らないのは修行してたからで、もっと言うと転生したからで。
幼くして山に捨てられたとかではないからな? ぜんぶ説明したほうがいいのかこれ?
「そも、免許とは単なるジョブの証明。生まれついての適性が騎士であろうとも、医師の勉強をすれば医師免許は手に入るであります」
「まあ、そう言われれば、そうだな」
「適性とジョブを合わせなければメリットが少ない、これは常識であります。しかし、たとえば自分が教会で、適性を医師に更新してもらい、猛勉強を積んで医師免許を得たといたします」
「ふむ」
「そのとき、騎士免許を返納せずに所持しておけば、騎士としての仕事も続けられるでありますよ。アルバイト程度のことしかできなくはなりますが」
「ああ、なるほど。そういう使い方もあるのか」
だが……逆にそれこそが、勇者の適性が特殊職であることのゆえん。
教会で更新可能な適性に、勇者は含まれていない。
それこそ、天然でしか勇者になれないはずだ。だからこそ俺はしこたま修行したわけで。
その点にこそ疑問は残るが……
「レジード殿は、免許をお持ちでないとのことでありますが……」
「ああ。道すがらに話した通りだ」
「意外であります。レジード殿ほどの腕前ならば、たとえ『村人』であっても、勇者学校をストレートで卒業することも簡単でありましょうに!」
「勇者学校? そ……、っまて」
「はい?」
「なぜ、俺が村人だっ――」
村人だったことを知っているんだ!?
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