第8話
しばらく反応を待ってはみたが、男は遠い空に視線を泳がせ、口から煙を吐いて倒れてしまった。
ふむ。……手加減、本当に自由自在なんだが。
俺がやり損なう可能性は否めないな。
ま、死にはすまい。
「騎士殿。ご無事か?」
「え……え、ええ。なんともありません……、くっ」
「お手伝いしよう」
ねばねばを扱いかねていた少女を助け起こし、拘束を解く。
すぐそばで立ち上がる彼女は、やはり小柄だった。
驚きと困惑がまざった表情で、じっと俺を見上げている。
「なにか? やはりケガでも?」
「い、いえ……お礼が遅れてしまいました。ご助力まことに感謝であります、勇者殿」
「! いやいや、その、なんというか! お役に立てたならまことにまことに」
勇者。殿。
勇者殿。
みっともない話ではあるが、心にしみる響きだ。
自分で百度確かめるよりも、やはり他人に口にされたほうがジンとくる。
いや……。なにをはしゃいでいるのだ、俺は。
落ち着け。
いわばまだ、村人ではなくなったという段階にすぎんのだぞ。
なんと精神的に未熟であることか。
今のチンピラどもも、結局は勇者としてではなく、村人として倒すかたちになってしまったことだし……
舞い上がっている場合ではない。
「こほん……。騎士殿、こいつらはいったい?」
「王都から逃れてきたごろつきであります。あなたが丸コゲにしたあの男が、ちんけな貴族の子息でして。この近くの町でも悪さを働いていたので、私が追ってきた次第」
「貴族の? なんとまあ。よい生まれに恵まれながら、勇者だなどとウソをつくとは。今の世の中は荒れているんですね」
「え……いえ、あの。ウソではありません」
「む?」
「彼は悪人ですが、勇者であることも事実でありますよ。彼の勇者免許を見たでしょう?」
…………。
少しばかり……理解がややこしくはあるが。
しかし、言葉の意味を取り違えてはいないはずだ。
このろくでなしどものジョブが、勇者?
「本当に……?」
「本当に、とは? 勇者殿」
「いや、あの、なんというか。……そうだ、騎士殿は今、こいつらを悪人と」
「ええ、悪人であります! しょっぴくであります! 厳しい厳しい罰を期待するであります!」
「ふむ。であれば……」
「私としたことが恥ずかしい、こんなやつらに不覚をとるなどとは! 己の未熟さを痛感するであります。しかし、しかしでありますよ勇者殿!? きゃつらは私になにやら破廉恥な期待を抱いていた様子、まことに汚らわしくも油断全開でのこのこ近づいてきたことでしょう、そこをスキル全開でドーン! ともくろんでいたわけであります!」
「なるほど」
「えっ、ご納得いただけたでありますか!? 逆に意外。なんと優しいお方! さすがは勇者殿であります。現実にはそううまくいくとも限らぬと心得ておりますゆえ、重ね重ねご助力を感謝する次第であります」
しゃべってしゃべって頭を下げて。
元気のよい騎士殿で、なによりなことだが。
「つまるところ、こいつらは本物の勇者……?」
「? ええ。それはそうでありますが?」
「悪人だというのに?」
「勇者免許さえ持っていれば、勇者と名乗れることは名乗れるでありますからねえ。まあ、正当な手段で手に入れた物では、おそらくないと思われますが」
そう。
免許。
またその言葉だ。山を下りてこのかた、俺は持ってもいない免許という存在に翻弄されている。
「免許どうこうはよくわからないが、しかし、こんな者どもが勇者などとは。認められない……いいや、そう、イルケシス家が認めるわけがない」
「イルケ……? 失礼、勇者殿。あなたこそいったい……?」
「あ。自分は、ええと、世間に疎くて……実はずっと山にいて、ついこのほど、人里におりたばかりで」
「なんと! 山ごもりでありますか、そんなにお若いのに……!」
「ああ、う~む、これは……どう言えばいいのか」
いきなり転生がどうのとぶっちゃけるのは、さすがによくないと感じる。
頭を悩ませる俺を、騎士殿はしばし眺めて――なにを得心したものか、にっこりと笑った。
「申し遅れました! 私はセシエ。Aクラス騎士、セシエ・バーンクリルであります。セシエとお呼びいただければ、たいへんうれしくあります!」
「あ……これは、こちらこそ申し遅れた。自分はレジード。そう呼んでいただきたい」
「レジード殿。私はこやつらを、警邏隊に突き出してくるであります。お付き合いいただけませんか? お礼もさせていただかねばなりませんし、それに」
「それに?」
「私はあなたのお話に、興味を持ったであります!」
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お読みくださり、ありがとうございます。
ここまでで、もし「おもしろい」と感じてくださったり、
「セシエかわいい」と微笑んでくださったり、
そういうのなくてもお心がゆるすようでありましたら、
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なにとぞよろしくお願いいたします!
次は10/22、8時の更新になります。
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