第27話 かわいがりすぎたかも
食卓へ向かうとお父さんとお母さんは同時にわたしの顔を見た。どんな顔をしたらいいのかわからない。
「お母さん……せっかく頼まれたんだけど」
「いいのよ、あの子がそうしたくてしてるんだし、少し放っておきなさい。そういう時期って大なり小なり誰にでもあることだし、雅だってそうなる時がくるんだよ」
「そうかなぁ」
「そうよ、尚は今まで頑張りすぎたから少し疲れちゃったのよ」
確かにそうだ。なっちゃんは頑張りすぎている。どうしてそこまでって思うくらい、頑張ってきた。そっとしておいてほしい時もあるかもしれない。
⚫ ⚫ ⚫
お昼前にお父さんとお母さんはふたりで出かけていった。わたしは考えあぐねた結果、慎重に工夫すればできるかもと考えた。
幸い、小指はほぼ治っていて、ちょっと無理をしても差し支えない。何事もチャレンジだ。
よし、今度こそ。
「なっちゃん、お父さんとお母さん、出かけたから。入ってもいい?」
部屋の中は静かで返事はなかった。外出した感じではなかったし、トイレにでも行ったのかと思う。立ち尽くす。
「うわっ」
いきなり扉が開いて驚く。やっぱり部屋の中にいたんじゃないのと思う。
「さっきはごめん、どうした……? 雅、お前何やってるんだよ」
バツが悪くてえへへ、と笑って誤魔化す。なっちゃんは明らかに困った顔をしてこっちを見ていた。そんなに困らなくてもいいんじゃないの、と思う。
「えーと、仲直りしてくれる?」
「仲直りも何も、バカじゃないの、こんなことして」
「だって、どうしたらご飯、気持ちよく食べてくれるかなぁって。あ、これじゃ無理かもしれないけど」
なっちゃんは黙ってお盆を手に取った。そうして、ありがとう、と小さく言った。
「あの……、わたしが間違ってた。わたしはどんなことがあってもなっちゃんの味方だから」
「わかってるよ。……下におりてアイスでも食べる? 冷凍庫に入ってるんじゃない」
「本当? じゃあ、お味噌汁、あっためてあげる。実は持ってこようと思ったんだけどちょっと自信がなくて」
バーカ、と鼻をつままれる。そんなことがうれしい。
ふたりで台所へ下りていく。とん、とん、というリズミカル足音はふたり分、重なって響く。足元が軽やかになってステップを踏みそうだ。
「痛くなかった?」
「もうほとんど痛くはないの。でもね、不格好になっちゃったし、強く握れてないかもしれないから一応、ラップしたままにしておいた。また下手くそに戻っちゃったね」
「……そんなことないよ。うれしい」
「あ、でもね、具が入ってないからね。そこまで無理できなかったから、海苔は巻いておいたけど」
「無理したらもうダメだよ。治るものも治らなくなる。責任取れないぞ」
はは、と形だけ笑う。なっちゃんの心からの声が伝わってきてほっとする。知らない人みたいななっちゃんは怖い。
食卓についたなっちゃんの向かい側に、わたしも座る。おにぎりのラップを剥がすなっちゃんを見ている。
握り方が甘かったんだろう、一口食べるごとにぼろぼろとご飯が崩れる。もっと渾身の力を込めて握るべきだったなぁと後悔する。
食べているのを見るのが好きだ。警戒が解かれた顔を見ることができるから。
「美味しいよ、そんなにガン見しなくても」
「ごめん、そんなつもりじゃなくて。梅干し出してこようか?」
「そんなに気を遣わなくていいよ、座ってて。十分、美味しいから。……それより雅こそご飯、食べられたの? 海苔は?」
「ずいぶん食べられるようにはなったの。右手もあんまり痛まなくなったし、お箸じゃなければ使えるから。ただ、さすがに海苔が食べたいとは言えなかったけどね」
心配を逆にされていることが恥ずかしくなる。わたしがなっちゃんを心配しておにぎりを作ったのに、立場が逆転してしまう。なっちゃんはそのおにぎりを、わたしに向けてきた。
「ほら、海苔つき。食べたかったんだろう? さっきはごめん。俺だって食べさせてやりたいとは思ったんだけどさ」
「なっちゃん、いいの。いいんだって。わたしもなっちゃんの役に立ちたいんだよ。力不足かもしれないけど、少しは頼りに思ってよ」
「……思えないよ。俺は雅の兄貴だし」
「兄貴とか妹とかそんなの関係なくて、ただなっちゃんの役に立ちたいだけなんだよ」
「······お前、本当にいい子に育ったな。かわいがりすぎたかも」
かわいがりすぎたらわがままになるんじゃないかとふと思う。でも確かにかわいがられて育って、わたしはその分のお返しも含めてなっちゃんの役に立ちたい。
正直なところ、お兄ちゃんかどうかなんて関係の無いところで、なっちゃんを大切に思っている……。
「ごちそうさま」
なっちゃんがお皿を持って席を立ち上がる。何か大切なことを考えていた気がしたけれどすっかり忘れてしまった。わたしがするつもりだった仕事を攫われて、すっかりあわてていた。
「怪我人は大人しくしてること。アイス食べようか?」
冷凍庫の中からパピコを取り出してきて、割った二本のうちの一本をわたしにくれた。
「開けられないんじゃないの?」
パピコはもう一度、なっちゃんの手に返って、口を開けられてから戻ってきた。
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