第12話 デート(仮)の相手
とにかくなっちゃんの気が変わらないうちにごちそうさまをして、口の端の黄身とケチャップを拭いて、洗い物をして……。
「雅、そんなに急がなくても置いていかないよ」
「わかってるッ。女の子の支度はいろいろすることがあるから急いでるだけだよ」
ダダダダッと階段を駆け上がる。何を、何を着ていったらいいんだろう?
できればあんまり子供っぽくない服がいいなぁ。なっちゃんは背も高いし、どう見ても童顔でもないし、わたしだけお子様では恥ずかしい。
あれか? これか? ……あー、もうどうしてこんなに気の利いた服が少ないんだろう。せめてもっと……と思っても今さらだ。
服を選んでから丹念に顔を洗って、基礎化粧をきちんとする。お母さんにめんどくさがらないでちゃんとやらなくちゃダメよ、と買い与えられたものが役に立つ時が来た。
……化粧水が先で、合ってる? そこに、それしか持ってないので薄づきのリップを塗る。薄いピンクでUVカットだ。
「なっちゃん……お待たせ……」
「今、上映時間調べてたんだけどさぁ……あ?」
「変?」
「いや、変じゃない」
「変って顔したじゃない!」
「違う、違うって! いつもと感じの違う服だなと思っただけだよ」
「この間、お母さんがこれがいいんじゃないって、セールで」
スマホを置いて、まじまじと見られる。
「驚いただけだよ。匠と出かけた時もスポーティーなカッコだったから。ワンピ、かわいい」
上から下まですっかり検分されてしまい、恥ずかしさもマックスになる。
かわいいに決まってる。いつもは絶対に着ないからいらないって言った服を、お母さんが似合うからってこっそり買ってくれた。
自分にはちょっと背伸びしすぎなんじゃないかと思ったブラウンのワンピース。生地が透けそうに薄くて恥ずかしい。スカートも軽すぎて履いてないみたいだ。
「おかしくないならいいじゃない。ほら、でかけよう」
なっちゃんの腕を、わたしは引いた。
⚫ ⚫ ⚫
これほど外からよく見られたいと思ったことはなかった。なっちゃんはいつも通りだったけど、やっぱり外に出るときちんとしてるし、背筋も伸びて人目を引いた。
従兄弟なんだから同じ血が少しは流れてるんだし、わたしだってそんなに素材が悪くはないんじゃないの、と思いたかったけど、周りの人はみんな自分よりずっと大人で、オシャレに見えた。
キョロキョロしてたわたしになっちゃんは「どこか入りたいとこあるの? 言ってみ?」と聞いてくれる。完璧なエスコート。
わたしは特にないよ、と答えた。
お母さんにせがんで買ってもらったSKECHERSのサンダルはめちゃくちゃヒールが高くて、そのまま横にパタンと倒れるんじゃないかと思ったので、できるだけモデルのように歩くよう、注意を払った。
とにかく、劇場に着く前に全神経を使い果たしてしまった……。
⚫ ⚫ ⚫
「飲み物、何がいい?」
「……なんでも」
すっと余裕のある顔で立ち上がって、スナックコーナーに歩いていくあの人は誰なんだろう? 外に出るとまるで知らない人のように見えて、おかしなことに不安になる。
大丈夫、あれはなっちゃんだ。わたしのお兄さんだ。間違いはない、はず。
「ポップコーン、塩とキャラメルどっち?」
「えー、決めらんないよ」
「と思って、両方入ってるの買ってきた。オレンジジュースでよかった?」
「うん」
上映が始まるまでの時間、大画面に映し出される予告編を次々に眺める。なっちゃんも、時折、ポップコーンを口に入れながらそれを見ていた。
映画が始まるまでまだ少し時間があって、確かにそんなに焦らなくてもよかったんじゃないかと思う。
……疲れた。何してんだろ?
「匠と来た時の方が楽しかったって、後悔してるんじゃないの?」
「え? ないよ。あれはいつもと何も変わらない感じで」
気張ったりしなかったし、人の目も気にならなかったし、砂場で遊んでた頃と同じ気持ちだった。
「わ、ひど。それはないでしょう? 匠、泣くぞ」
「だって、仕方ないじゃない……」
「悪かった。今日は一応、俺が雅のデートの相手だからね、品良くしてないと。じゃないと雅の友達に見られてた時に、『あの男、ダサい』とか言われたらかわいそうだしな」
あ。
同じこと、考えてくれてた?
「なーんか、他の女と出かけるより、お前と出かける方が変に肩に力入っちゃったよ」
「それってわたしと一緒だと疲れるってこと?」
「違う、違う。大事な妹だし、きちんと抜かりなくエスコートしたいなとか思うじゃん? って、バージンロード一緒に歩く親父みたいだな」
隣に座るなっちゃんの顔を見ている。いつもよりちょっと照れた感じで、ちょっとお喋りになってる。なっちゃんにこんなところがあるなんて、知らなかった。
本当はなっちゃんが他の女の子とどういうふうにデートしてるのかちょっと知りたかったんだけど、妹が特別だと言われたら今日のことは参考になりそうになかった。
映画は、当たり前だけどこの間とまったく同じ映画だった。
でも、少年が少女のために誰にもどうしようもない困難をなんとかしてあげようと無我夢中で走るのを見た時、なぜか二度目のはずなのに胸が苦しくなった。
がんばれ、あきらめないでちゃんと彼女のことを救ってあげて、と思うと知らないうちに歯を食いしばっていた。それでも物事は思うようにはいかない……。
涙がぽろっとこぼれたことに気がついて、バッグからハンカチを出そうとすると、いつもだらしないはずのなっちゃんのポケットからハンカチが出てきて渡される。
なっちゃんは画面しか見ていなくて、時々、ポップコーンをつまんでいた。
映画の中の、ふたりの手が重なる……。
不覚にも、エンディングどころかクレジットの間も涙が止まらなかった。
クレジットが終わって劇場の明かりがつくまで、なっちゃんは真っ直ぐ前だけを見つめていた。
まるでわたしのことなど、気にしていないふりをして。
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