第3話 断る理由
なっちゃんが高校生になった時のことだ。
そのお祝いの場でお父さんは『大切な話』をした。
⚫ ⚫ ⚫
いまより少し小さかったなっちゃんはもう前から知っていたみたいで、テーブルの下で組んだ自分の手を見つめているようだった。
お祝いの席なのに、口をギュッと固く結んでいた。いま思えば、真ん前を見据えるなんて到底無理な話だ。
お父さんはにこりといつも通りやさしく微笑むと、奇妙なことを言った。
「実はね、尚は雅と
は? なにを言ってんの? テレビのバラエティー番組の企画かなにか? わたしたちの反応を見てみんな、笑うんだ。
「なに言ってんの。なっちゃんはずっと一緒にうちにいたじゃない」
「尚がうちに来た時、雅はまだ赤ちゃんだったから覚えてないよ」
「……覚えてないかもしんないけど、だからってなっちゃんがお兄ちゃんじゃないとか、そんな話はおかしいよ。なっちゃんはわたしたちの家族だよ。どこかの誰かじゃないよ」
「なっちゃんは俺のお兄ちゃんだよ。間違いない」
小学生だった弟も大きくうなずいた。
そうだ、家族だ。
「うん、だからね、尚にも言ったんだよ。尚がうちの家族だってことには変わりはないんだよ」
ほらもう、驚かせないでよと思うと、なっちゃんはほっとした顔をして少し緊張が解けた様子だった。
それは逆にいまの話がまるで本当だと上書きしているようで、わたしは見て見なかったことにした。
「尚はね、お母さんの妹さん夫妻の息子なんだ。つまり、血縁上、雅と大知の従兄弟ということになるよね。だから全然、血が繋がってないってわけじゃないんだよ」
「そんなの大した話じゃないよ。せっかくのケーキが不味くなるし、早くロウソクに火をつけよう」
「雅、気持ちはわかるけどこれは尚にとってとても大切なことだから聞いてあげなさい」
お母さんも真面目な顔をしてわたしを睨んだ。怒った時のお母さんは怖い。
「雅、大知も。これからもふたりの兄貴としてがんばるからさ、家族でいさせて」
ガタンと椅子の音を立てて立ち上がったなっちゃんは、学校のマナー検定で習うような真っ直ぐなお辞儀をした。
危うくわたしも立ち上がって「こちらこそ」と言ってしまうところだった。危ない、地雷はそこらに散らばっている。それを踏む度になっちゃんは家族から遠のいてしまう。
「なっちゃん、座んなよ。お兄ちゃんだからさ、こうやってお祝いもするんでしょう。今までだって特にお兄ちゃんだからがんばってほしいってことはなかったし、考えすぎだよ」
そうね、その通りね、とお母さんは急いで立ち上がってナイフやお皿を取りに行った。
内心わたしは自分のしたことが正しかったのかわからなくてドギマギしていた。言ったことに地雷は含まれていなかったのか?
――たぶん、間違えてない。そしてたぶん、なっちゃんを傷つけてない。
その証拠になっちゃんはいつものように人数分のフォークを取りに行った。
フォークは五本。それが家族の本数だ。
一本も欠けてはいけない。
⚫ ⚫ ⚫
――だからってさ、妹の恋愛沙汰に他人面みたいなのはどうかな、と思うわけよ。と、ひとりでベッドに寝転がってブツブツ言っている。枕は枕なんだか抱き枕なんだかわからない状態だ。
なっちゃんが実のお兄ちゃんじゃないということは今まで誰にも話したことはない。親友のみっちゃんとまみっちにも、もちろん匠にもだ。
だからなっちゃんのこういう話は独り言で済ませるしかないんだ。実の兄じゃないから、どうでもいいのかよ。
冷たい。
ガンッと壁を蹴る。
わたしの部屋となっちゃんの部屋は隣同士で、おまけにベッドの位置が壁越しに隣合っている。
なっちゃんがもし机でまだ勉強してたとしても今のは確実に聞こえたはずだ。足がじんとするもん。
一体、どういうつもりでいるんだろう? 向こうに頼まれたから妹のお見合いのつもりなのか? 勝手に「よろしく」されちゃってさぁ。有り得ない。有り得ないよ。
わたしの気持ちはどこへ行けばいいのよー!
と、怒ったところでほかにすきな人はいないし。断るいちばんの理由がない。
こういうことにいちばん詳しいまみっちに相談してみようか?
ちょっと待て。匠がまみっちに相談してないとは言い切れない。
八方塞がりだ。
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