洗練された一振り

魔物に纏わりついていた黒いモヤが晴れていく

魔力量の多い魔物はよりその姿が鮮明に見える

ウルフナイトなんかは顔が見えて狼の顔をしている事などが分かる

当然1級の魔物ならその姿ははっきりと分かる

印象は一つ、真っ白

薄紫色の目以外は全ては真っ白

大きな白い翼、白い肌、白い長い髪、白い服

頭の上には平面の大きな穴の空いた円状の半透明な何かが浮かんでいる

中性的な顔立ちで姿は人に酷似している

美しい魔物


「綺麗……」


カレンはボーとその姿に見蕩れている

オルガも同じくボーと見上げて見蕩れている

三人の中で唯一カエデだけは見蕩れておらず剣を構える


「確かに綺麗だけど……」


カエデは魔物の姿に妙な違和感を感じる

身体に魔力を纏い剣に魔力を込めて魔術を発動する

カエデと姿形が同じ幻影が現れカエデと同じく剣を構えている

魔物は動かない

斧を取り出して力の限りぶん投げる

回転しながら斧は魔物目掛けて飛んでいく

カエデは#一瞬__・__#瞬きをする

魔物の姿は消えていた

斧は魔物の居た場所を通り徐々に力を失いそのまま放物線を描いて地面に突き刺さる


「なっ! どこに行った」


周りを見渡すと背後に立っていた

驚き後退るがすぐに魔力を纏った剣を振るい攻撃を仕掛ける

魔物の身長はカエデと同じ程度

幻影も同じく魔物に対して剣を振るう

カエデの振るった剣は魔物の首を捉えるが首を切る事は叶わない


「魔力か」


魔物は膨大な魔力を纏っていた

戦士の使う纏と同じように身体に魔力を纏っている


「魔力で作られた魔物が体の周囲に魔力纏うってどういう事だよ」


剣と地面に刺さった斧を1回仕舞って斧を取り出す

手元に現れた斧に魔力を纏い全力で振るう

膨大な魔力を突破出来ない

纏っている魔力はカエデの比ではない

そして高密度、昔ライアンが使っていた魔導武装と似ている

(3級の魔物を超える膨大な魔力と魔導武装相当の技術……怪物か)

魔物は一切攻撃をしてこない


「なんで攻撃をしてこない?」


カエデは魔物に聞く

強い魔物の中には言葉を介する者がいると言う

この魔物は人型という事もあって言葉を介する可能性はある

魔物は表情も変えず言葉を話さない

ただずっと何もせずに立っている

幻影が何度も攻撃を仕掛けているがビクともしない


「カレン!」


最初に魔物がいた方向を見てボーとしているカレンに声をかけるとハッとしてカレンはカエデの方を向く


「私は何を……魔物!」


カレンは魔物を見て杖を取り出す


「カエデちゃん下がって! 吹き荒れろ風達よ」


中級魔術のトルネードの詠唱を始める

カレンが使える現状最大の魔術、それも4つ同時発動で行う

その威力は上位魔術にも及ぶ

カエデと幻影はカレンの居る方に移動する


「私の力となり眼前の敵を薙ぎ払え! トルネード」


魔法陣から風が吹き周囲の空気を巻き込みながら4つの竜巻が発生する

オルガは巻き上げられる風に引っ張られたことでハッと気付き周りを見渡して二人が魔物と戦っているのを確認する


「奴ら……そいつは俺の獲物だ!」


オルガが何かを叫んでいるが二人には聞こえていない

(なんかあいつ叫んでね? まぁあいつに構ってる暇は無い)

4つの竜巻は動かない魔物に直撃する

4つの竜巻は1つの大きな竜巻になり地面や壁を削りながら魔物を攻撃する

上級魔術クラスの威力となったトルネードであれば等級の高い魔物にもダメージを与えられる

筈だった

竜巻が消えた時魔物は無傷で立っていた

魔力は削れただろうが元の膨大な魔力からすれば微々たる物


「あれでも傷一つ付けられないの……」


目の前の存在との格の差を思い知らされる

見た時点で勝てる相手では無いとは理解していただがここまでの差があるとまでは……

トルネードを受けてようやく魔物が目に見えて動きらしい動きを行う

片手を前に出して人差し指を幻影に向ける

幻影は音もなく消滅する

二人は何が起きたか分からずただやばいと感じ別々に距離を取る

腕を動かして次はカエデに指を向ける

見えなかったが攻撃だと考え剣を身体の前に出して防御の構えを取る


「カエデちゃん!」

「は……え?」


カエデは何が起きたか分かっていない

移動時とは違い瞬きすらしていないしっかりと魔物の動きを見ていたのに何が起きたか分からない

気付いた時にはカエデの胴体に穴が空いていた

その穴は身体を貫通していて遅れて体内から血が溢れる

カエデは血を吐く

小さな穴でダメージはそこまで大きくは無い、驚きこそしたが動けなくなるほどのダメージでは無い

だけどカエデは動けない、状況に脳の処理が追い付いていない

(何が……起きた?)


「炎よ敵を焼き払え、ファイアブレス!」


カレンは魔術による攻撃を仕掛けるが魔物は意に介さず次の行動を取る

再び手を動かして次はカエデに見せるように掌を広げる

その時接近していたオルガが動く


「炎よ敵を焼き打てファイア!」


炎の魔術を2つの魔法陣で放つ

魔術は魔物と二人の間を通り壁に当たる


「そいつは俺の獲物だ!」


その言葉は二人に届く

(何を言ってんだこいつは!?)

カエデはその言葉に驚き呆れる

そいつとは魔物の事を指しているのだろうがオルガの勝てる相手ではない

カレンが先程中級魔術を放って手応えがほぼ無かった、中級魔術を使えず同時発動も2つまでのオルガにどうにかなる相手では無い

ただそれはオルガの目的は魔物の討伐であった場合の話

オルガの目的は討伐では無かった

オルガは魔物に話しかける


「俺はお前を召喚した者だ、お前は願う者に力を与える存在だと聞いた。俺に力を寄越せ」


獲物と言ったのは横取りをされては困るから

魔物はオルガを一瞥するが何も答えない


「おい、応えろ!」


オルガは魔物の肩を掴む

その瞬間三人は悪寒に襲われる

表情は変わっていないが触れられた事に怒っている事が分かる

攻撃を受けるよりも触られる事が嫌らしい

死を覚悟するオルガだがその死は訪れなかった


「避けろ!」


咄嗟にカエデは走りオルガを左手で押し飛ばす

オルガは恐怖で動けない無防備な身体を押し飛ばされて地面に倒れる


「何を……なっ、お前!」


オルガの身体に生暖かい液体がかかる拭って見ているとそれは真っ赤な新鮮な血であった

見るとカエデの左腕が地面に転がっていた


「う、腕が……」


傷口から大量の血が溢れていた

カエデは剣を取り出して魔術を発動し幻影を生み出す


「このバカを遠くに連れて行け」


幻影に指示を出す

幻影は指示に従ってオルガを掴んで魔物から距離を取る


「おい、お前」


幻影に声をかけるが幻影に喋る機能は無いのでそのまま引きづられていく

触れられて怒っていた事を忘れたのか幻影に連れて行かれるオルガを無視して傷口を抑えるカエデを見ている

反対側の壁まで移動した後オルガを放り投げる


「あいつが二人……? 魔術か?」


オルガは状況が理解出来ず遠くから先程居た場所を見る

ここに来た目的は果たせない、討伐しようにも勝てるような相手ではない事はあの一瞬で理解している

カレンが必死に攻撃魔術を放つが避ける事もせず無視をされている


「ゲームなら負けイベで済むが現実の負けイベなんてそこでゲームオーバー……これはクソゲーが過ぎるだろ」


乾いた笑いが出る

片腕を失い逃げ場は塞がれている

片腕を失った状態じゃ斧は振るえない、斧による全力の一撃も通じずカレンが現状使える最大火力の風の中級魔術トルネードですら傷一つ付かない

依頼を受けた事を後悔したが受けた時点じゃこんな事気付かない上、達成時は破格の報酬そんな物、断る理由が無い


「運が無かったと思うべきか。魔物よ攻撃しておいて言うのはおかしいがせめて二人を助けてくれないか? 今ある情報を持って帰れば君を呼び起こす愚か者は少なくなるはずだ」

「カエデちゃん何を言ってるの……?」


1級の魔物と戦えるのは1級冒険者くらいな物、その1級冒険者クラスの存在は世界に居ても数人

情報を知ったとしてその数人の中に物好きが居ない限りはこんな場所には来ないだろう

魔物は何も語らないが道を塞いでいた土が音を立ててズレて道が現れる

(これは良いと言う意味か?)


「カレン! 行け!」

「い、嫌だ! 帰るならカエデちゃんも」


近付こうとするカレンを阻むように地面が突如裂かれる


「ひっ……」

「大丈夫だ。何とか生き残る方法を見つけてみる」


幻影が再びオルガを引っ張り道に放り投げる


「幻影カレンも連れて行け」

「待って、やだ! 離して! カエデちゃん!」


カレンの声は虚しく部屋に響く

幻影はカレンを力づくで引っ張り道にオルガと同じように放り投げる

二人が道に放り投げられた事を確認し魔物は再び道を閉じる

カレンの叫び声が聞こえるがその声は土に阻まれて聞こえなくなる

幻影は表情を変えず塞がれた道の前で指示を待つ

静寂が広い部屋を包む

魔物は何も語らない

(どういう訳か私を狙ってくる。よく考えてみればオルガは先に来ていたのにランタンの灯りが灯ったのは私達が来た時だし二人は見蕩れていたのに私だけ見蕩れて無かった。それは魂が原因なのか)

異界の魂、その事に魔物が気付いているのならカエデを集中して狙っている事にもある種納得は出来る


「魔物は居なかったはずだから二人は無事に帰れるはず……」


(まぁ帰す気がない可能性もあるが……)

魔物は何も話していない

勝手に行動を自分の都合のいいように解釈しているだけに過ぎない

段々と意識が薄れていく


「あぁ大量出血か」


もう時期自分が死ぬ事を理解する

ゆっくりと立ち上がり右手で剣を持つ


「どうせ死ぬんだから一矢報いるとしよう」


全身に魔力を纏い維持を無視した全魔力を剣に纏わせる

目の前の存在がやっているようにかつてライアンがやっていたように高密度に魔力を剣に纏わせる


心は落ち着いている

これから私はどう足掻いても死ぬ

死ぬのは怖い

死にたくない

それなのに私は

助けを求める訳でも

命乞いをするでも

理不尽な目の前の敵を憎み恨む訳でも無く

ただこれから放つ一撃に己の全てを乗せる

死ぬまで後どのくらいかは分からない

だが死ぬよりも先にやれる事はある

何もせず死を待つ事も出来る

ただやらずに死ぬのは私の二度目の人生最後の行動として相応しいのか

神にこの世界の命運を頼まれ

一度は屈辱を味わい心を折られた

先に立ち上がり戦うことを決めた子に引っ張り上げられ再び戦うことを決めた

何年も鍛え続けてきた

同じ目的を持つ者と出会った

二度目は一度目に比べ短い人生、短いなりに生き抜いたこの人生の最後に

何よりもここで諦めて共に歩んだ者に顔向けが出来るのか


「たった一撃、受けてくれるか」


一度も喋っていない魔物に返答など求めていない

高密度の魔力を薄く剣に纏う

今までに無い程の魔力を込めた一撃

今までの人生の中で最も洗練された無駄の無い美しい一振りであった

剣を振り終えると同時に意識を失いカエデは倒れる

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