第4話
「奏音にとっても悪い話じゃないはずだよ。彼氏を婚約者にする、という話だからね」
「そうね…。けどまだそこまで至ってないわ。キスさえしてない純愛だもの」
嘘をつくな、と夜斗は言いかけた
しかしゼロワン――彩斗が諌める
(融通が効かねぇな彩斗は)
夜斗はゆっくりと息を吐き出し、ゼロワンを解除した
そして奏音と颯を見る
2人はまだ言い争っていた
当然だろう。奏音からしてみれば、いきなり巻き込んだ人がそのまま婚約者になるのだから
颯からしてみれば、奏音の彼氏であり人材確保の面から夜斗を手放せない
思惑が衝突し、火花を散らしているのだ
「来年までは、様子を見ていただきましょうか」
「「……?」」
「奏音が私を捨てないとも限りませんし、颯さんが私を見限る可能性も無きにしもあらず。来年の夏までに私と奏音は就職か、進学かを決めます。そのときにまた深く話をしましょう。父娘で仲良くしていただきたいのでね」
「…本当にできた人間だね。奏音と別れても、君宛てに求人を出すと約束しよう。来るかどうかは決めていいよ。ただ、奏音と付き合いが続くのであればうちに来てほしい」
「わかりました。最も、別れる気がないのでお世話になることになりそうですがね」
「期待しているよ、冬風君」
颯は部屋を出た
しかし、先程愛莉と呼ばれたメイドは紙を持って戻ってきた
「辞令が出ました。私は以降、冬風夜斗様を主とし、夜斗様名義で給料が振り込まれることになります。奏音様の生活をお助けすることはできなくなりますが、夜斗様をお助けすることで最終的に奏音様のためになると思います。よろしくお願いいたします、夜斗様」
「最後の最後に、やってくれたわね…!」
奏音の歯ぎしりが聞こえてくるような感覚がしたが、夜斗はそのメイドを預かることにかなり抵抗を感じていた
「メイドとはいっても、家事はやる人いるしな…。それに俺バイトしてるし、機密現場だから連れてけないぞ」
「その他雑務はお任せください。家事にしましても、現在やられている方の手助けくらいにはなるかと」
「一歩も引かねぇなこいつ…」
「愛莉は1度言ったら聞かないわよ。最も、父からの辞令なら断るのは仕事を失うってことになるから一層聞かないでしょうね」
「私は夜斗様を数年前から存じております。この異動は、私からの希望です。夜斗様が奏音様の恋人というのが公表されたその日に、私から進言いたしました」
夜斗はため息をつき、奏音は苦笑いしながら夜斗を見た
「…家に連れてくしかないか…」
夜斗は深いため息をついたと同時にスマートフォンを取り出した
「紗奈か。朱歌を呼んでスピーカーにしてくれ」
『はい。朱歌、きて』
『何よ…。今日は会議ないからいいけど』
「家事代行雇うことになった。給料は俺の出世払い」
『別にいらないわ。紗奈と私で回せるし』
『言い方に難ありですけど、ほぼ同意見です。最悪私だけで回せますよ?』
「それは俺も言ったけど聞いてくんないんだ。桃香並に話を聞いてくれない」
『じゃあ仕方ないわね。とりあえず1ヶ月様子見て、その後決めましょう』
『え?桃香ちゃんそんなに話聞いてくれないの?』
『聞かないわよ。右って言ってるのにまっすぐ行って道に迷うような子だから』
『致命的な方向音痴と話を聞かないのが混じってすごいことになってる…』
「てことで今から連れて帰る。とりあえず寝床は1階の倉庫部屋にしてやるつもりだから、個人所有物は撤去な」
『…わかったわ。帰ってくるとき布団だけ買ったほうがいいかも。せんべいみたいな布団しかないし』
「それは…そうだな。どうやって持ち帰れと?」
『あれよ、気合い。まぁ私のマネージャー呼んでもいいけど、その人運転できないの?』
「…愛莉さん車運転できる?」
「大型二種と大特なら持ってます」
「ちなみに車は?」
「あります。といっても、バンです」
「上等だな。紗奈、朱歌。とりあえず車はどうにかなるから買って帰る。他なんか買うか?」
『今日の料理担当は朱歌でしたね』
『……牛乳と卵。あとモモ肉とニクシミ』
「憎しみ…」
『間違えたニンニク。それくらいかしら』
「了解。家近くなったらまた電話する」
通話を切り、夜斗は愛莉に車を持ってきてもらうよう頼んだ
そして奏音に目を向ける
「でかい話になったな」
「正直悪かったと思ってるわ。父がああまですんなり決めることなんてないから、次回までに別れたことにするつもりだった」
「なるほどな。まぁ、あと半年それっぽく動いて流れるように別れるしかあるまい」
「そうね。明日土曜日だし、デートしましょ。車で行くのもいいけど、電車も乙よね」
「ああ。LIMEのID教えてくれ、それで追って連絡くれればいい」
「了解。じゃあ、また明日ね」
「おう」
夜斗は門から中に入り、玄関に入る奏音を眺めた
閉まったドアが少し開き、手を振る奏音に手を振り返し、夜斗は時計を見た
時刻は18:30。バイトの始まりは19時のため、間に合わせようと思えば間に合う
「お待たせいたしました、夜斗様」
「ありがとう。悪いんだけど、駅に俺おいてってくれ。お前の布団と牛乳卵モモ肉ニンニクを買って、俺の自宅に行ってほしい。俺は今からバイトだからそれを伝えてくれ」
「かしこまりました。駅までの道中、ご自宅の場所をお伺いさせていただきます」
夜斗は普通車バンに乗り込み、愛莉は乗り込んだのを確認して車を発進させた
一応退勤扱いなのか、服装はラフなスカートとTシャツに変わっている
「そんな服着るんだな」
「街中を歩くにはこの服のほうが目立たないので。基本的にはあのメイド服が楽ですね」
「あれ楽なのか。俺だったら発狂するぞ」
「夜斗様が着ることはまずありえないかと。ですが、お試しをご所望でしたら颯さんに伝えておきます」
「やめろ俺の評価が死ぬ」
駅についた夜斗はそこで降り、愛莉によろしく伝えてからスマートフォンを取り出した
そして先輩に電話をかける
「
『なんだよ…。迎えか?』
「ああ。駅まで」
『歩けよ…って歩いたら間に合わないのか、まぁ近く通ってるし3分で着く』
「了解」
先輩とはいっても、夜斗からしてみれば従兄だ
夜暮はもう5年も働くベテランである
「お待たせ。さっさと乗れ」
「ああ、ありがとう」
夜暮が運転してきたのはなんの変哲もない軽自動車だ
乗り込みシートベルトをしめると同時に走り出す
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