第3話

「ここか。やっぱり家でかいな」


「そうかしら。大手企業社長の家にしてはまだ小さいほうよ」


「そんな現実求めていない…」



夜斗はいわゆる大豪邸の目の前でため息をついた

大きく息を吸って深呼吸し、かかってきた電話を眺める



「霊斗…ってことはバイトか。もしもーし」


『よー。お前今日は非番?』


「さっき所長に言って今日は出ないって言った」


『トラブルか』


「ある意味では」


『じゃあ俺もやることねぇや。了解』



電話を切り、いよいよかと覚悟を決める夜斗

そしてまた深呼吸する



「帰るか」


「ダメよ」



むりやり手を引かれて屋敷に入る夜斗

玄関で奏音を出迎えたのは10人ほどのメイドや執事だ



「わーお…日本にあるんだなぁ、こういうの…」


「あるわよ。だって、白鷺家もこうらしいし。あそこはメイドしかいないけどね」


「白鷺家はどうにも趣味が合わないな…」



夜斗はメイドの一人に連れられて、来客用の部屋にきた

そこで服の最終調整と優雅なティータイムを迎える



(ぜんっぜん優雅じゃねぇな。あのメイドずっと俺を見てるし。監視員か?)



スマホのインカメラで真後ろを確認する夜斗

メイド服の彼女は、ただひたすらに夜斗を眺めている

本人にその意図はないのだが



(まぁいいや。モードゼロワン、きやがれ彩斗さいと



夜斗は意識を完全に切り替えた

目を開け、姿勢を伸ばす

モードゼロワン。いわばプロファイルのようなもので、完全に意識を切り替えるために使う一種の思い込みプラシーボ



「失礼するよ。君が奏音の…」


「冬風夜斗です。お父さん」


「君に父呼びされる謂れはないはずだけどね」


「えぇ、現状はそうですね」



今後も予定はない、というのが夜斗の本心だったが、モードゼロワンのときの夜斗はそれを完璧に隠す

顔どころか、声や雰囲気にさえ嘘を混ぜることはない



「君はどこかの御子息かな?」


「…しがない一般家庭の跡取りですが」



夜斗はそう答えると同時に、左腕に装備している腕輪を録音モードに切り替えた

加工だと言われても面倒なため、映像録画も起動してある



「…それは、少々出すぎた真似だと思わないかな?」


「思いませんね。感情のまえに理論など無意味です。理性は必須ですが、それを超える愛は容認されて然るべき。とまぁ、ご経験がありそうですがね」



交錯する視線

その雰囲気に呑まれたのは、その場にいたメイドだけではない

ドアの前で話を聞いている奏音も、2人のオーラの衝突に驚いていた



(演技にしてはできすぎてるわ。けど会ったのはさっきが初めて…。ならこのオーラは何…?)



奏音は当初、乗り込もうとしていた

勝手に動いた父に怒るのと、その威圧感に屈してしまいそうないじめられっ子を守るために

しかし現実は想像から大きく離れている



「…ハハハ、面白い子どもだ。僕は九条はやて。一応社長ではあるんだけど、まだ会長…僕の父が力を握っていてね、奴の立場を崩せる者を奏音の旦那に仕立て上げようとしたんだ」


「それはまた…。奏音が納得しているとも思えませんがね」


「そんなことはないと思うよ?まぁ…愛莉、奏音を呼んでくれるかな?」


「かしこまりました」



先程まで夜斗を見張っていたメイドがドアを開け、数秒で奏音を部屋に押し込む



「聞いてたのかい?」


「聞いていたわ。乗り込もうとしたけど、やめたの」


「いい判断だ。奏音、喜ぶといい。僕は君の彼氏を認め、月宮の社長にするための教育を厭わない。僕の前でここまで言い放つことができる若者もそういないからね」


「…夜斗を跡継ぎにする気なのね」


「本人はその話入れてないんですが…。そういう話でしたか?」


「当然だよ」



奏音の父――颯は立ち上がり、夜斗の背後に移動した

颯が立ち上がると同時に夜斗も立ち、颯を目で追う



「君は、社長たりうる存在だよ。いじめられっ子というのは、統計的に挽回の力がある」


「――っ!なんでそれを知って…!」


「調べたからだよ。僕自身が張り込んでね」


「暇なのかしら、この社長様は…」



奏音と夜斗はほぼ同時にため息をついた

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