第2話

翌日。昼休みが過ぎ、授業を終え、夜斗はバイト先に向かうため駅を目指し歩いていた



(あれは…白鷺か?)



夜斗が目にしたのは、リムジンの窓から女を口説こうとするクラスメイトだ

国会議員の息子ではないが、夜斗をいじめる主犯格でもある



(…あの女子は見たことないな。弥生女学院の生徒か?)



夜斗は系列校であり、隣接学校である女子高を思い出した

制服のデザインはたしかに弥生女学院のもの。かといって、現代であればネットオークションで入手することは可能だ

その女子生徒の隣を通りかかったとき、その子は夜斗の腕に腕を絡めた



「私、彼氏待ってただけだから。貴方が取り入る隙間なんてないわ」


「冬風…?なんでこんなクズと…?」


(どうするのが正解だろうか…)



夜斗の脇腹はその女子生徒が掴んでいる

おそらく助けないと腹部の肉が持っていかれることだろう

今日は厄日だ、などと考えながら夜斗はその女子生徒に組まれた手をほどき抱きしめた



「待たせたな。さっさと帰るか、こんな奴に構う必要はない」


「そうね。いつもどおり送ってくれるわよね?夕飯ご馳走するわ」


「それはいいな。お前の飯は美味い」



二人とも完璧な演技で、手を繋いで歩き出した

悔しそうな顔をした白鷺が、夜斗たちの横を車で通り過ぎていく



「…演技力高いな、お前」


「貴方こそ。巻き込んだことは謝るわ。けど、未婚の女性を力ずくで抱きしめるのはどうなのかしら?」


「おあいこってことで許せ」



夜斗は手を離そうとした

しかし女子生徒は手を離そうとしない



「お前離せよ」


「弥生女学院高等部2年、奏音かのんよ。九条奏音。特別に名前で呼んでいいわ。さっき言ったとおり、夕飯ご馳走するから来てくれるかしら。相談したいことがあるの」


「睦月小中高一貫学校高等部2年、冬風夜斗だ。奢りなら御相伴与ろうか」


「いいわ。ファミレスでいいかしら」


「おう」



夜斗は奏音に手をつかまれたまま、引っ張られて近くのファミレスに移動した

人数を伝え、奏音が化粧直しといって席を立つ



(こんなとこでも化粧直しか。女子は大変だな)



夜斗は外の異様な空気に気づき、息を潜めた

こういうことがあると予測していた…わけではないが、夜斗は最も端の席を選んでいる

こちらに絡んでくることはないだろう、と高をくくっていた



「お待たせ、夜斗。…何よ」


「…随分と雰囲気変わったもんだな。服もなんかドレスだろそれ」


「そうよ?そこでお願いの話なの。私の彼氏のフリをしてくれないかしら」


「…嫌だと言ったら?」


「私が白鷺家の御曹司…要するにさっきナンパしてきた人の妻にならざるを得なくなるわ」


「いいんじゃねぇの?悪いやつだし」


「悪いから困ってるのよ…」



奏音は心底困っている、というようにため息をついた



「…まぁ恋愛に興味はないし構わんが、何をさせたいんだ」


「父に挨拶してほしいの。婚約者にされる前に、彼氏がいるから無理だって言ったのよ。けどまぁいないから、代役を立てるしかなくて…」


「……いいだろう」


「そう、ならよかった。鈴木さん、田中さん。夜斗を仰天チェンジしてあげて」



奏音がそういうと、席の後ろの植木の陰に隠れていた男性と女性が夜斗を膜で隠し、早着替えさせる

そして出てきた夜斗は、おおよそいじめられっ子には見えない



「…わぉ…これが俺か」


「そんな初めて化粧した女の子みたいな感動するかしら…。まぁいいわ、あの車で行くわよ」


「あれお前んちのかい。つか何者だよ?あれ、ハイグレードのリムジンだろ?」


「あら、言ってなかったかしら?」



奏音はクスッと笑って、夜斗に少ししゃがむように言った

そして、唐突に二人の唇が合わさる



「私は、株式会社月宮の社長令嬢よ」



夜斗は突然のキスへの驚きと、立場への驚きのせいで思考を放棄した

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