真実

「おじさん!」

少女は倒れていた青年に駆け寄り、抱きかかえた。

青年は汗びっしょりで、息も絶え絶えだった。目は一応開いているがぼんやりとしていて、少女を見ているのかすらわからない。

意識が今にも途切れそうなぐらいに疲弊しているのが少女でもわかる。

ここで倒れてしまったは駄目だ。意識を失ったらきっと悪いことが起きてしまう!青年の身に何か不幸が降りかかってしまう!少女は、先ほどの思考と相まって、青年に必死に呼びかけた。

目に涙を滲ませて、青年の意識が闇へと落ちないように必死に引っ張り続ける。

「おじさん!おじさん!しっかりして!大丈夫?深呼吸して!」

少女の声に、青年は僅かに頷いて、腹から息を吸って吐き出した。何度も何度も深呼吸していくうちに、青年の呼吸は徐々に整っていく。数十分後、呼吸が安定した青年は身体をゆったりと起こした。少女は、大丈夫?と声をかけようとして、青年の表情に思わず息を呑む。

彼の表情からは、ある一つ以外の感情が一切消滅していた。

悲しみも、怒りも、喜びも、苦しみもない。

その表情に残っているのは、絶望だ。

展望の消えうせたような闇だけが、瞳を覆いつくしている。

いったい、どんな記憶を見た?

彼は、何を知ってしまった?

少女が勢いで踏みつけてしまった羊皮紙が、くしゃくしゃになって床にへばりついている。少女はその羊皮紙には見向きもせず、青年に向き合っていた。もはや羊皮紙のことなどどうでもよかった。目の前で絶望している青年しか、少女の瞳には映らない。

少女の顔を僅かに見た青年は、ようやく、といった感じで乾いた唇を開いた。


「俺のせいです」

青年の言葉に、少女は首を傾げた。

青年は光を失ったような焦点の定まらない瞳のままだ。

少女は、その瞳に言いようのない不安を覚えた。今にも消えてしまいそうなぐらいに、青年は死を近い存在になっているようで、少女は心臓が握られたような感覚に襲われた。青年の手をぎゅっと握る。

このまま何処にもいってしまわないように。

青年は語る。

魔術について書かれている羊皮紙に詰め込まれていた、膨大かつ冒涜的な記憶を。

彼は紡ぐ。

この魔術のおぞましい真の姿を。


「これは、血を捧げることで、願いを叶える魔術ではありません」

「正確には"血を捧げた者の命を代償にして"その願いを叶える魔術です。本来であれば血を捧げた者全員が、あの場にいなければいけませんでした。この部屋に血を捧げた全員が魔法陣の上に立ち、願いを告げる。そうすることで、使用者の願いがその場で叶い、叶った後に血を捧げた者はその場で全員死に絶える。そういうものでした。ですが、俺がいなくなったことで、対価の支払いが完全ではなくなったのです」


「この魔術は、先に願いを叶え、後に対価を要求するものです。全ての対価が払われないと、永遠にこの魔術は完成しません。貴女の言う通り、魔術はまだ終わっていないのです。不当な対価を払った罰として、魔法陣の上に乗っていた者はこの洋館に閉じ込められ、永遠に死を繰り返すことになりました。この魔術を止める方法は、俺がこの洋館で死ぬことです。俺が死ぬことで、やっとこの魔術は完成するのです。この魔術の代償について書かれた羊皮紙は、お父様を含め俺たちが生まれる前には紛失していました。だから、長女はあの羊皮紙で完成しているのだと、思っていたのでしょう」

「俺は、どうしたらよかったのでしょう。俺が……」



語られる真実は、少女の感情の何もかもを奪いつくした。


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