隠されていたもの

地下書庫は、相も変わらず本で満たされている。

ただ違いと言えば、前来た時よりも本棚にしまわれていた本は床に投げ出され、床に赤黒いシミが広がっていたことだ。部屋いっぱいに広がる鉄の匂いに、思わず少女は鼻を手で覆う。不快な匂いに吐き気がこみあげてきた。青年は少女にハンカチを渡した後「無理でしたらすぐに部屋から出てください」と一言告げた後、先に部屋の奥へと進んだ。少女はそのハンカチで匂いを嗅がないようにしながら、長女が立っていた方向へと進む。

ここで、長女は死んだ。青年と少女の目の前で。最後まで苦しみ、嘆き、絶望したまま、彼女は死んだのだ。もう何も見たくないと、自らの目を抉りだして。少女は変色した床を見つめる。丁度この距離感で、長女に話しかけていた。あと数メートル近づくことが出来れば、彼女を救えたかもしれない。打ちひしがれる想いで、血に染まった床を眺めていた。

今更ながら思う。

何故、長女があそこまで精神的に不安定だったのか。


『嫌、来ないで!もう全員死ぬのよ!あなたも、お兄様たちも、執事さんもメイドさんも、私も..….!!死んでしまうんだわ!こんなの耐えられない!なんでよ?!なんで、こんなのっておかしいわ!』


今思い返してみると、何処かこの未来を予測しているような発言だった。

次は自分かも知れないという恐怖に駆られ、この状況に絶望してヒステリックに叫んだだけかもしれない。

けれど、少女はそれだけではないような気がした。もしかしたら、前回に続き、長女がこの惨劇を覚えている人物だったのだろうかと思ったが、様子から見て、どうにもそうには思えなかった。本当に知っていたら、あそこまで取り乱すだろうか?そもそも、惨劇のことを覚えていたら、もう一度あの魔術を使おうという発想は出てこないだろう。その魔術のせいで、自分たちは死に続けているのだから。


思うに、長女はあの日記を読み返してしまったのではないだろうか?

あんな内容が自分の日記に書かれていたら、驚かない方がおかしい。自分の家族が死ぬだなんて、そんなわけがないと否定するはずだ。けれど、実際にそれは起きてしまった。だから、どんどんと正気が奪われ、最期には家族が死ぬという現実から逃れるために自らも死を選んだ。

魔術の実情を知ってしまっていて、なおかつ魔術の知識が深かった長女は、この魔術の影響でそうなっているかもしれないと思えてきてしまうだろう。何処までが家族の意志で、何処までが魔術がそうさせているのかすら、判らなかった。


そもそも、今回の出来事を覚えている人物は誰なのだろう?

今生き残っているのは、長男に、執事にメイド、そして自分たち二人だ。少女と青年は外部から洋館に来た人物だから、この惨劇を知ることはありえない。となれば、あの三人の誰かということになるだろう。何処まで記憶しているのかは分からないが、少なくとも家族が死ぬ瞬間は覚えているはずだ。考えるだけでゾッとする。こんな魔術を考えた人は、悪鬼羅刹を形にしたような人物に違いない。

そう考えながらも、床に視線を落としていると、床に切れ目のようなものがある事に気がついた。よくよく見れば、それは床扉のようだった。少女がその扉を開けようしたが、ピクリとも動かない。「おじさん、これ!」と、奥のほうで本を調べていた青年を呼んだ。青年は少女の隣まで来ると、少女は床扉に指をさす。


「ここかもしれない。おじさんのお父さんのアクセサリーで開けられないかな……貸してくれる?」

青年は「勿論」と快諾し、少女にアクセサリーを手渡した。十字架のような、鍵にも見えるようなそのアクセサリーは、この惨劇を止めるための煌めきを放っていた。少女は、主人がとても幸せそうに家族について話している姿を想起していた。

「お借りします」

少女は誰にも向けたわけでもない言葉を零した。

少女は改めて床扉に目をやる。鍵にも似た十字架が、きらりと煌めきを放ったような気がした。

ゆっくりと、確かめる様に、その鍵穴に差し込むと、カチャリと軽い音が響く。アクセサリーを引き抜くと同時に、床扉が開いた。床扉の先は、トランクケースが入りそうなほどのスペースが広がっていて、その空間にはいくつもの古びた紙や本が積まれていた。少女は、それらを目にした瞬間に、すっと背筋が冷えていく感覚がした。怖い、恐ろしいと本能が警告している。これには触れないほうがいいと、少女の全てが叫んでいた。しかし、少女は恐怖を押し殺し、紙に手を伸ばして、ひとつひとつ確認した。座り込み集中する少女に、青年も隣で座ると、床扉に隠されていた本や紙を手に取り、丁寧に読み進めていく。


どれほどの時間が経ったのか。

先に声を出したのは、青年の方だった。

「これですね」と、青年は一枚の羊皮紙を紙束から抜きとり、少女に見せた。

新めてその羊皮紙を確認する。とても古びていて、青年が生まれる前からずっと存在していた代物のように感じた。羊皮紙には魔法陣の文様と、儀式の手順が書かれていた。一人分の血一滴。複数人になると効力は増す。血を集めた器を中心に魔法陣を描き、専用の魔法陣に一時間立ち続け、一時間後に代表者一名がその願いを告げることで発動する。

青年が話していた内容とほぼ一致する。おそらくこれだ。やっと見つけた。これが、家族が使った魔術のマニュアルなのだ。

けれど、少女はやはり違和感を拭えない。

これだけなのだろうか?やはり、何かが足りていないような気がする。

少女は、残りの紙を丁寧に調べたが、どの紙を見てもこの魔術と関連するようなものではない。この一枚で完成しているのだろうか?


「やっぱり、これだけなのかな……」

少女が言葉を漏らす。青年は思考を巡らせるように顎に手を当てると、自らにはめていた手袋を外して、その羊皮紙を手に取った。少女ははっとして青年の方を見る。青年が何をしようとしているのかを察したからだ。けれど、先ほど使ったばかりだというのに、連続で能力を行使してもよいものなのだろうか。少女は「だ、大丈夫なの?」と思わず声をかけたが、青年は「ええ」と大きく頷いた。

「やらなければいけません。これで魔術の事が少しでもわかるなら。俺にとっては願ってもないことです。少しだけ、時間をください」

少女に見守られながら、青年はゆっくりと瞳を閉じる。青年の身体が、時間が止まったかのように動かなくなった。

魔術の描かれた羊皮紙は、何を憶えているのだろうか。少女はその真実を知るのが恐ろしいかった。けれど、その恐ろしさを知る事で、ようやく正しい使い方が分かる。魔術の存在は、使い手によって善悪の形を変えるものなのだから。


青年が集中している間に、この部屋のことをもっと調べようと少女は立ち上がる。そういえば、この部屋にはもう一つ扉があったことを思い出す。この奥の部屋で、この家族は儀式をした。その儀式を見れば、もっと浮かぶことがあるかもしれないと。少女は扉の方へと向かった。壁の色と全く同じこの扉は、誰にも触れられたくないようにひっそりと存在していた。鍵は掛かっていないようだった。そのまま、少女はゆっくりと、音を立てないように扉を開けた。


そして、信じがたい光景をこの目で目撃する。


「なに、これ……」と少女は思わず声を漏らした。


その部屋はとても広かった。

床には、何かの文様が描かれていた。これがきっと、儀式に必要な魔法陣だろう。

しかし少女が気になるのはそこではなかった。魔法陣を素通りできるほどに、目の前で並べられているものに恐怖していたからだ。


まるで墓地のようだった。

1つ、2つ、3つ……合計8つの木の棺桶が、均等に置かれていたのだ。


4つのコフィンは固く閉ざされ、残りの柩は開かれたままで放置されている。少女はその棺桶の中身を恐ろしくて確認出来なかった。しかし、少女が考えていることが大方間違いないという確信もあった。ここに、今まで死んでしまった家族が眠っているのだ。長女も、奥方も主人も、間違いなくこの棺桶のどれかに眠っている。末娘の遺体がもしも見つかっているのなら、ここに運ばれていたのだろう。壁の奥には、いくつかの木材が放置されている。もしかしたら、この木材でこの棺桶を作ったのだろうか?だとすれば、それは何故?

いったい誰が作ったの?!

少女の中で、恐怖と疑問が混ざり合い、脳髄を満たしていく。

木製で作られた棺桶のうち、6つは少女の素人目から見ても傷や劣化が激しく、時間の流れを感じさせた。きっと、少女が来る前からずっと存在していたのだろう。もしかしたら、100年前にはあったのかもしれない。

しかし、残りの2つのコフィンは傷一つなく、とても真新しいように思えた。

真新しい2つの柩を見て、少女は嫌な考えが過ぎった。

邪推かもしれない。考えすぎかもしれない。けれど、どうしても。この状況から見てこう思わざるを得なかった。


この2つのコフィンは、もしかして、青年と少女のために用意されたものではないかと。


嫌な汗が顔を伝う。

そんなはずがないと、少女はその考えを振り払おうとしたが、どうしても頭の中から出ていってくれない。仮に、少女と青年のために作られた棺桶だとしたら、棺桶を作った犯人は青年と少女がここで命を終えることを知っていることになる。

知っているとまでは言わないまでも、少なくともその可能性を視野に入れている人間ということになる。

悪い方向に解釈すれば。

二人の命を奪おうとする誰かが、この洋館の中に潜んでいることになるのでは?

そう、思った時。


ドサリ。

背後から聞こえる音で、少女の全身はこわばった。

恐る恐る、少女は振り返る。

そして、少女の瞳は驚愕に満ちる。


青年が、床に転がり倒れていた。

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