Reminiscence 12

その翌日、青年は奥方の妹に会いに行った。適度な暖かさと快晴の空が、森の一軒家を歓迎している。

奥方の妹は白い肌を林檎のように赤くして、青年を迎えた。使用人が用意してくれたコーヒーを飲みながら、二人でベッドにこしかけて奥方の妹と話す時間が、青年の拠り所となっていた。これまでの時間を取り返すように、悔いのないようにたくさんのことを話した。天気の事や、音楽の事、青年の仕事のことや、ここにくるまでに見かけた花の事。しかし、未来の話だけはお互いに話題に出したことはなかった。終わりが見えている人間に、その先のことを話すのはあまりにも残酷だったからだ。けど青年は初めて、「未来」という曖昧な存在に触れた。

「もしも病気が治ったらどうしたいですか?」

奥方の妹は、彼の言葉に驚き、そしてすぐにむくれたように頬を膨らませた。

「あら、珍しく酷い事を言うのね」

奥方の妹の表情を見て、青年は思わず「すみません」と眉を下げた。すると彼女はころころと鈴のように美しい声で笑う。

「ふふ、いいのよ。けど、夢を見るぐらいなら罪じゃないものね。実はね、あるのよ。やりたいこと。けど教えないわ。秘密。わたしの病気が治ったら教えてあげる」

そう告げると、奥方の妹はすくっと立ち上がり、青年の手を取った。青年は慌ててコーヒーを飲み終えて、ベッドの近くに配置された棚に置いた後に立ち上がり、彼女の手をそっと触れる。白くて細い彼女の指から優しいぬくもりが伝わってくる。明日にもこの熱が消えてしまうかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうになる。たまらなくなって、青年は奥方の妹を自分の両腕に閉じ込める。互いに伝わり合うぬくもりが雪のように融けていく。耳に届く彼女の鼓動が青年の全身を伝って、青年の命の音も跳ね上がった。


「ああ、ねえ、とても、あたたかいわ。今日は、昨日よりもずっと過ごしやすいの。その上、とっても体の調子もいいのよ、ここでよかったら踊らない?素敵な曲もないし、広いホールでもないけれど」

「俺はろくに踊った事なんてないですよ。ダンス講座なんてつまらなくて、いつも抜け出してましたから。優雅さや美しさとは全く縁がない不格好なエスコートですが、この手を取ってくれますか?」

「もちろん。むしろ、それがいいのよ。そうしてほしいわ。美しいだけの踊りは飽きちゃったのよ」

「それでは、お手を拝借」


こじんまりとした寝室でくるりくるりと二人は踊る。

小さなダンスホールで私服のままで拙く舞う二人は、まるでお伽話の絵本の1ページに描かれた王子と姫君のよう。

青年は、間違えて奥方の妹の足を踏んでしまった時も、彼女は嬉しそうにして気にせずに彼の手を取った。

今この時だけは。

抱えてきた悲しみも、かきむしるような苦しみも、死に対する恐怖も、生きることへの不安も、全て全て、なにもかも幸福の時間に溺れて見えなくなっていく。窓から零れる光がライトのように二人を照らす。光に浮かぶ青年の表情は、きらきらとした夢を抱いた少年のようだった。この広い世界には好きなものしか溢れていないと心から信じているような、幼稚で純粋なまなざしを奥方の妹に捧げていた。奥方の妹の花のような微笑みが、青年の心を掴んで離れない。彼女を想う気持ちが募って、青年も笑みをこぼした。そんな幸福を過ごしていれば、すぐに時間は過ぎ去っていく。夕方まで二人で共に時間を過ごしていた。洋館に帰ってこれたのは結局、陽が落ちてからになってしまった。

玄関で待ち構えていた母親と長男の両二名にニコりと圧が込められた笑みを向けられ、青年は必死にそれらしい理由をでっちあげ、その場限りの言い訳を並べることになった。


そして。

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